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■１■今では無駄な贅沢と評されそうだが、子供の頃は縁まで満杯に張った湯船に入る時、体を沈めると縁からザーッと湯が溢れ出るのが好きだった。そんな零れる直前の湯面のように、あとほんのひとしずくで一気に花びらが大気中に弾けそうに満開な山崎川の桜並木。ああここは出店がないから落ち着くな。

■２■風が吹くたびに惜しみなく花びらが風に舞い、川面に落ちて流れゆく。「ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花の散るらむ」毎年この時期になると、頭の中でこの古今和歌集の一首がずっとリフレインし続ける。作者は三十六歌仙の１人の紀友則。『土佐日記』の作者紀貫之のいとこでもある。

■３■つい桜賛歌に流れてしまうが、満開の花を見て心動かされない人がいるとしたら、花に目をやる暇や余裕のない人か、強烈なトラウマが桜と絡みついてしまった人くらいではなかろうか。無条件で無差別かつ無報酬で生命力を上げてくれる春の日の桜。そんな理想的な在りようで、ただ無言で散って行く。

■４■満開の桜はこの世界の朝勃ちなりき。…おいおい、耄碌爺ぃが生命力の励起と爆発を性殖力の勃起と放出に重ねて、いきなりゲスなメタファーを話にぶち込んで来たぞ。いやいや、エロ爺ぃと言われようとも、若者の語り口で聞くより羞恥は少ないし、セクハラ的不快感や生々しいリアルさも薄いだろう。

■５■あまりよく知られていないが、ほとんどの哺乳類の陰茎には骨格から切り離されて生殖器の先端にぶら下がっている陰茎骨がある。しかし人間のオチンチン内に骨はない。では何があの臨戦態勢を生起させ維持させるのか。ご存知の通りそれは血液だ。永遠の命を持つ吸血鬼物語すら生み出す人間の血だ。

■６■まず男性が性的刺激を受けると脳の中枢神経が興奮し、その情報が脊髄神経を経由で性器に伝達される。すると体内では一酸化窒素が放出され、陰茎深動脈という血管とバルブ的役割の螺行動脈が緩む。さらに海綿体の平滑筋も弛緩して多量の血液が流れ込み、その圧力で海綿体が硬くなる。勃起現象だ。

■７■夢をよく見る浅い眠りのレム睡眠時に、健康な男性であれば特定の神経が刺激されることで勃起が起こる。しかし別に性的な夢や刺激からでなくても、レム睡眠から朝目覚める時に、この状態になっているのが俗に言う｢朝勃ち｣だ。春眠とは何よりも先ず個々の肉体を流れる血潮の中に生まれ弾けるのだ。

■８■女は月の朔望周期に合わせて血を流し、男は血を張り詰めて命の引き金を引く。共に効果的な血流調節が人間の生命連鎖には重要である。そんなもの言いの中にまだ枯れていないおのれを暗に誇示するらしい含蓄も込めつつ、何かうまいこと言ったようなドヤ顔して、桜の下で寝言をもらす爺ぃであった。

20250408 Tuesday