#184　手原和憲氏の『ＹＮＷＡ』という作品

■昨日は中日ドラゴンドが首位ヤクルトに対して粘った末のサヨナラ勝利をし、また名古屋グランパスと首位を争っているガンバ大阪及び横浜Ｍマリノスが共に負けたので、今朝はスポーツ紙数誌を読み連ねながら喜びを味わい直そうと（負けたチームのファンには申し訳ないが）行きつけの喫茶店に出かけた。

■しかしドラゴンズ勝利の翌日の喫茶店はスポーツ紙が大人気で出払っていた。しかたなく新聞が戻るまで、傍に置いてある「ビッグコミックマスピリッツ」No.42（10月３日）号をばらばらと読んだ。そこで手原和憲氏の『ＹＮＷＡ』（You'll Never Walk Alone）という作品を読んで、私は静かに感動した。

■語り手は毎日同じルートなので退屈していた路線バスの運転手だ。ある日から方言を使う三つ編みの女子高生が乗って来る。運転手の観察眼はこの娘の髪の乱れ具合で彼女のコンディションが分かるようになる。無言の客たち。しかしこの娘の三つ編みは日ごとに乱れていき、ある日からふっつり現れなくなる。

　　　

■説明は一切ないが、この地方出身の転校生が学校でいじめられていたことは予測できる。またいつもと同じマンネリが続く。しかしある日娘がまた戻ってくる。別の高校のカップルが陰で馬鹿にする。他の乗客は無表情でこのカップルにわざとぶつかったりしてたしなめる。以後この娘は車内でも故郷の大学受験の勉強を必死にする。

■それからの１年間、運転手は「頑張れ！」と言いそうになる言葉を呑み込みながら、毎日勉強するこの娘が酔わないように丁寧に運転した。他の客も同じ思いだっただろう。娘の三つ編みはずっと整ったままだった。そして彼女は合格した。高校の卒業式のある最後の日、運転手はひと事「おめでとう」と言う。

■下車しかけていたこの娘はゆっくり車内に戻り、ゆっくりといつもの乗客にお辞儀をした。そして運転手にも丁寧に頭を下げ、そして降りて行った。他の客も無言のまま別れを惜しんでいる。そして運転手の声。「出発しまーす。」…私はこのわずか14ページの作品に非常に強く心を打たれた。そしてまんがの力を強く感じた。

　　　

■この作品は震災復興支援チャリティーコミック『僕らの漫画』に収録されているらしい。必要経費を除いた収益全てを、岩手・宮城・福島の震災孤児・遺児のための育英基金に寄付されるという。スピリッツ編集部の好意で広告料や掲載料が一切ない作品だそうだ。このような形の表現と実践も有るのである。

■ヒロインのセリフは２ページ目の「んだ」という一言だけだ。余計な感情移入を拒むかのような乾いた、しかし温かいタッチ。無表情だからなおさら色々な思いがあると考えられるいつもの３人の客の描写。人間の存在を応援してくれる透明で心から共感できる傑作だ。ありがとう、手原和憲氏とスピリッツ。

2011.09.25 Sunday