snow05

（闇からライトがパッと点く。再び場面は逆側からの視座になっている。少女は学者の隣で学者と話をしている。一同疲れきっている。旦那と娼婦はトイレからまだ出てこない。場面前方に女将と画家がいる。）
女将	画家ちゃん、私、あなたのことが好きなのよ。あなたが冗談で私にプロポーズしたことあったでしょ。あの時からずーっとね。
画家	（独白）芸道を志す者、酒を嗜むべからずなんだから、女なんてのはもっての他なのである。
女将	別に今後どうするとかなんて考えなくてもいいのよ。今ここで一緒にいるってことを大切にしたいだけ。
画家	（独白）この際、星の巡りに身を委ねて、白痴美愛好に鞍替えするのもいいではないか。いやいや僕は無垢の美を追求している身、白痴美はそれにも近かろう。おうし座の幼児性に落ち込んで、言葉の綾取りを越えて物質の糸紡ぎへと歩を進むべきか。ええい、それにしても今夜の女将はなんと可愛らしくみえるんだろう。酒のせいなのか、それとも…。
女将	一人で何をぶつぶつ言ってるの？
画家	いやあ、君は何て可愛いんだろうってね。（女将、無言で画家に寄りかかる。それを見ていた詩人、それに背を向ける）
詩人	勝手にしてくれいっ。桃のようなお尻、桃のようなお尻の匂い。尻も積もれば山となる…ぺへっ。なんたるダジャレ。尻はもう山の膨らみを持ってござる。おい学者っ、おまえ、裸の女を独り占めしてて、皆さんに申し訳ないと思わんのか。なんだ、そのぎこちない抱え方。どうしてガラス細工扱うみたいにそんなにびくつく必要があるんだ。なんたるていたらく。男は女を見たら、有無を言わず押し倒しゃあいいんだ。やり方しらねえのか、どれ、かしてみな。
学者	君はほんとに最近おかしいよ。頭の中が腐れてしまったんじゃない？
詩人	ええい、うるさいっ。しのごの言うとらんで、俺にその小娘抱かせてくれっ。おまえはハーディでもグリーンでもいいから読んでりゃいいんだ。（トイレからカチャッと音を立てて旦那と娼婦が出てくる。詩人はそっちに気を取られる。旦那、すっかり憔悴しきっている。）おい、どうした、神経痛の女ったらし。目ぇくぼませて隈まで作って。まあそんなに吐いたのか。悪酔いはおまえにゃあ良い薬だ。
旦那	ああ、地獄の門を眺めてきたよ。ぬらぬらしていて、また吐き気が増してな。もう胃の中はからっぽだ。お、なんだあの娘ッ子まだいるんか。おれあもう知らんぞ。悪寒がする。ちと過ぎたようだ。糞ッ垂れい。もっとしっかりしてたら、あの娘ッ子を口八丁手八丁で手に入れるのになあ。今日はこれまでだ。（娼婦に）床とってくれ、もうだめだぁ。（二人、階上に消える）
学者	（少女に）ねえ、寒くない？
少女	別に。ストーブで充分温かい。
学者	でも服着た方がいいよ。
少女	あたし、裸でいる方がいいの。
学者	ごらん、あの詩人の目。今にも君に飛び掛りそうだ。
少女	そうなったら、それでいいわ。
学者	よかないよ。あんな言葉の海の気違いなまこに。
詩人	軟体動物で悪かったな。残念なことにこちとらもう息切れしちまって、飛びつくような気力ないよ。
学者	ああそうか。実は僕ももう限界なんだ。目をつむると夢と地続きの空間があって、一度目を閉じると今度はなかなか目を開けられない。（詩人、床にへたり込んで立ち上がれない。学者も壁に寄りかかって、必至に目を開けつづけようと努めている。女将は画家に寄りかかって、はや眠っている。画家はカウンターに首をもたせて、薄目を開けながら少女を見詰めている。少女、突然立ち上がると、奥の方の舞台でくるくると踊り始める。酔っているとは思えないしっかりした足取りで。）
少女	ねえ、きれいでしょう、あたし。ほら、きれいでしょ。あたし今、白鳥よ。白鳥よ。今度はお魚よ、そしてほら、あたし天使よ。天使なの。きれいでしょあたし。きれいでしょ…。（パステル調に薄い七色のライトが当たる中、一人踊りつづける）
学者	（画家に）ねえ、僕の目はおかしくなっちまったらしい。あの娘が本当に天使に見えているよ。
画家	ああ、確かに美しい裸だけれど、そんなものじゃなくって別の、何かこう輝いた…（言葉が続かず、口をつぐむ）
詩人	まっこと天啓に浴したような笑顔でまあくるくると、くるくると…ああ、こりゃあもう夢かな。（もはやみな目を開けてはおらず、少女だけかいっそう軽やかにくるりくるりと踊っている）
学者	うおお…、英文学史のお歴々が一堂に会して僕らを見詰めてる。あの娘のダンスを見詰めてる。「……」で終わろうが、「ピリオット」で終わろうが、関係なくどこまでも続くひとりの輪舞…。ああそれなのに、見えないよう。少女そのものがもう、見えない…よう…。（眠りこむ）
詩人	ああ、桃が食いてえよう。みずみずしい桃が…歯を近づけただけでプチュンと爆ぜて甘い汁を滴らせるような桃が食いてえよう。桃の匂いだけはこんなに優しく鼻をくすぐるのに、もう床の表面だけが目の前に…。ああ、桃が食いてえよう…桃…。（床に顔を押し付けたままおとなしくなる）
画家	今までは別個のものだと思っていたけれど、娼婦も天使も一緒なんだな。つまり女ってことで…。ああ、分かるってことは、歳を取るってえことなんだなあ。歳を取るってことは、老いることなんだなあ。うああ、いやだいやだ、なんでずっと子供のままでいられないんだろう。とにかく僕はここまできてしまったのだ。ただ前に進むしかないひばり…。ただ高く舞い上がるだけのひばり…。ひばりよ…。ひばり…。
（最後に画家も女将に折り重なるように眠りに落ちていく。少女だけが狂ったように、いつまでも踊りつづけている。ストーブの上のやかんのふたから湯気がシュウシュウ立っている。舞台のあちこちから観客がわにライトが次々に光を発し始める。観客の頭上から雪（アルミ箔のチャフ）がどんどん降ってきて、それに光が反射する。やがて舞台が光に包まれて見えなくなりかけた頃、ライトいっせいに消える。通奏低音の肉声和音も同時に消える。静寂しばし。）