snow03

（開かれたドアの外は雪が降っている。少女はしたたか飲んでいるのか、じっと立ってはいられず、近くのイスにどっかと座る。一瞬めくれかけたコートから白い太股がのぞき、その下はほとんど何も着けていないらしかった。）
少女	ウィスキー、ロックで。
女将	あのね、お嬢ちゃん、こういうところは一人じゃ入らない方がいいんじゃないの…。
詩人	まあまあ、若く美しき女主人、いいからいいから。
少女	ウィスキー、ロックで。
女将	でもあなたまだ、未成年でしょ。それにもうだいぶ酔っているみたいだし…。
詩人	まあまあ、賢く優しい女主人、いいからいいから。
少女	ウィスキー、ロックで。
女将	はいはい、３度も言わなくても分かりますよ。ねえ、詩人さん。あなた責任持てますの？
詩人	そりゃーもう、喜んで。責任は持つわ、お尻は持つわ、イタレリーノ、ツクセリーナですよ。はいはい、私はイタリアン。はいはい、陽気なイタリアンーっと。
女将	これはだめだわ。ねえ、画家さんと学者さん、あなた達、どうにかしてくれる？
画家	そうだなあ、僕には新しいモデルが忘れ雪と共にやってきたという、神の恩寵にも思えるかな。
学者	本の中以外の、いわゆる世間のファンタジーにも、学ぶべきところがあるのやもしれませんねえ。
旦那	へっ、何やかやと言いながら、結局みんなこの嬢ちゃんを帰したくねえわけだ。外は寒いもんなあ…とくらあ。（娼婦の方に向き直り）おい、おまえとどっちが美人かな。年齢差っていう絶対的ハンディあるけどな。
娼婦	ふんっ、何よあんなガキ。昨夜垂らしたおねしょがまだ乾いていないんじゃないの。あんなしおらしい顔してるけど、何してるかわかったもんじゃないわ。
詩人	まあまあ、女というものはそれぞれ比較できない美しさというものがあるものだから、そういきり立ちますな。せっかくの美顔が水面に波が立つように台無しだ。静かに、静かに。（少女に向かって）ねえお嬢ちゃん、お名前は？
少女	（詩人を無視して）おかわり、ダブルで。
詩人	ほう、青き果実はまだ香しき西風にお気づきにならないと。
旦那	だれが香しき西風だって。酒臭い息吐きくさってからに。（少女に向かって立ち上がろうとして、娼婦に思いっきり尻をつねられる）いてぇーっ！いつつつつつ…っ。ま、万力がわしの桃のようなお尻に食いついたああっ。おーいてててて。
画家	あんたの尻は腐れて饐えてカビが生えてるよ。（さっさと少女をスケッチしながら）良家の子女らしいけど、今ごろひとりで何ゆえに？それにしてもあのとろんとした大きな瞳。バラの唇なんかこう、開きかけた蕾のようにつややかで…。はてさて、この子は白痴かしらん。
詩人	あうあおう、あおうあうあ、俺あもうしたたか酔っちまって、ものごとの善し悪しも分からないくらいだい。だからこれ以上まだるっこしく考えずに、己の欲望の命ずるままに、やりたいことを遂行するぞ。俺の衝動はいつも善にして聖だからな。（と言いつつ、少女のコートの襟をつかんだ途端、画家と学者に止められて、さんざん打ちのめされる）おおう、おう、おう。痛えよう、痛えようぅ。画布野郎と原書男が手を携えて、触れるべからざる詩人の体をいたぶり倒すなんて。うおう、俺は負けないぞ、苦痛を快楽に、悲しみを喜びにだ。
旦那	いいぞ、頑張れ。男なら死ぬまで決めたことを貫き通せ。ほれほれ、しゃきっとせんかい、男だろうが。
女将	（さらににじり寄ろうとする詩人の頭を大皿でこずいて）少し静かになさい。さもないとこれまでのツケを耳を揃えて返してもらいますよ。
旦那	おいっ、男ならがんばらんかい。金がどうしたってんだ、ああ？
詩人	んあ…、俺、いっとき男を辞めるよ。経済苦は文学の敵だ。若い女将殿は救いの女神だ、天使だ、仏様だ、それからえーと、女の中の女だ、スケベーだ。
旦那	ぶぁっかもん。人間としての誇りとやらはどうした、ほれ、頑張らんかいっ、こらあ。
女将	なにをうだうだ言ってるの。そんなにはやしたてると、あなたのツケも耳を揃えて払ってもらいますよ。
旦那	うへーっ、やぶへびだ、やぶへびだ。わしのプリティーな耳たぶちゃんはあのぼけ詩人ほど不揃いじゃあないもんで。
詩人	（舞台の観客側を向き、独白）へへーん、みんな俺がべろべろに酔っていると思い込んでいやがるな。酒に強い俺様は、これぐらいじゃあまだまだ正気の入り口だ。まあ、たまにはピエロ役をやるのも一興だろう。（くるりとみんなの方に向き直り）おいみんな、もっともっと飲もうぜい。おい、画家と学者、そんな隅っこでちびちび飲んでねーで、こっちに来て一緒に飲もうぜえ。固い牡蠣だって潮が満ちれば少しなりとも口を開けるだろうってな。おい、潮時まで飲もうぜ、さあ、さあ、さあ。
画家	（カウンターまで画用紙をかかえて来て、学者を振り返り）まあそういうことだ、君も来いよ。
学者	やれやれ、原書を手放すはめになっちまったか。
画家	それにしてもあの少女、いいプロポーションしている
学者	君の目では彼女、まだ純潔か？
画家	ほう、気にかかるかね。そうだね、僕にいわせりゃあ絶対に処女だね。
学者	どこから、なんのために来たんだろうな。
画家	直接聞いてみたら？君の美貌で牡蠣の口を開けて、その清澄であろう声をこっちに向けさせてみろよ。
学者	（少女に近づいていき）ねえ、君の名前はなんていうの？
少女	（まぶしそうな目をとろんとさせて、学者の方を向き、少しだけ微笑む。先ほど詩人に乱されたコートの襟からは、まだ成熟しきっていない乳房の丸みが見えている。ゆっくりカウンターに向き直り一言）おかわり、ダブルで、ミストレル。
（場面、ゆっくり暗転する。）