snow01

（時計が１０時を打つ。左手にある店のドアを女将が少し開けて外を見る。外には雪が舞っている。場面の右側にカウンターがある。そこで詩人と旦那、酒にまみれて論争している。すぐそばで娼婦が黙って聞いている。画家と学者は、場面左の少し離れたテーブルで酒を舐めながら無言。画家は何やらスケッチに熱中し、学者は原書を読んでいるが、何を話しているかは聞こえない。女将は寒そうに震えると、ストーブの火を見てからカウンターに戻る。）
旦那	…ちぇっ、何言ってんだ、結局何も分かっちゃあいねえくせに。美の礼賛者だって？へっ、わしだってほーれ、美の礼賛には毎晩事欠かねーんだよ。（と言って娼婦の細腰に腕を回す。まんざらでない娼婦。）
詩人	黙れ、この罰当たりの不信人者っ。人の生き甲斐をとやかく言うより、自分はいったいどうなんだ。親に金出させて大学を出て、何をするかと思いきや、家業を継いでへらへらと仏具売りとくらあ。全く人生の氷の厚いところばかり渡り歩きながら、一体どの面下げて酒場で人生論ぶってやがるんだ。
旦那	人の事ぼろくそにいいやがるけどよう、おまえだってわしに劣らずごくつぶしじゃねーか。無為無産のくせに糞だけは人並みにひり垂らすろくでなしじゃねーか。生き甲斐だって？へへへん、わしの生き甲斐は女だよ、女。実際男なんてなあどうだっていいんだ。いっそみんなくたばっちまってくれたら、わしはへへーっ仏様―ってんで、熱心なブディストになるね。わしの望みは女に認められ、ちやほやされていたいって事だけだね。どうだい、正直者だろーが、わしは。女にもてるためにだけずーっと生きてきたんだよ。ギター手にしたのもそうだし、大学だって一番女の多い文学部の、そのまた女の多い仏文に迷わず入ったね。すけこましもしこたまやったわい。だいたいおまえさんみたいに眉間にしわ寄せまくって、俺はこれだけ苦悩しておりますって顔してても、人生なんにもいいことないよ。そういう生き方は人生の片側だけっきゃ生きてないってえことなんだぜ。わしは詩なんて小賢しいもの解せねえけれど、わしの人生軌道なんてなー、ちょっとした芸術だぜ。…おい、黙っていねーで反論しろよ、おいったら。
詩人	はは…ん、相手が黙るとすぐ不安になる。厚い面の皮の内側で、汗がみんな鼻水になって出てきているぜ。（旦那、娼婦にハンカチで鼻かんでもらう）ああ確かに正直なところ、俺は生きている価値なんぞない奴だ。しかしそれでも意識的に生きているところがなんとも素晴らしいんだよ。
旦那	糞垂れピグマリオン。いやいやピグマリオンはそれでも自分の刻んだ女と髪の思し召しで結ばれるんだけれど、おめーさんにゃー、その保証もないんだっけな。別に有名になりたくもない、自分の納得できる作品さえ出来れば幸せ至極…だって？これまた嘘まみれの濡れ兎とくらあ。わしだったら正直に言うね。小説なり歌なり、わしの創ったものはわしの生きているうちに名声と共に評価されなきゃー、意味がねえってさ。正当以上の過大評価も甘んじて受け取るよ。死んじまってからの人気や罵声がわしにとって一体何になるってんだ。
詩人	どうにも俗物の代表って感じの愚劣なまでの正直さだな。もっともそんなところが俺は好きなんだがな。
旦那	好きだって？このわしを…へへっこりゃーいや。何せわしは男からも女からも好かれるタイプだからなー。
詩人	おまえはどうもタイプ２のようだな。
旦那	ああん？何じゃそりゃあ？
詩人	なに、つまらん人間分類法さ。タイプ１てのは、自分の生活そっちのけで詩なり小説なりを書く奴。タイプ２はその作品に出てくるような人間。つまり文学なんてなくたって生きていける奴だな。ちなみにタイプ３ってえのは、その両方を自分の中でうまくバランス取って生きていこうって欲張りな奴だ。もっともタイプ０ってやつもあってな、そいつらは小説を書く方でも書かれる方でもない。いわゆるどうでもいい奴さ。まあタイプ３の裏ってー奴かな。
旦那	あー、わしはそのタイプ２だよ、絶対。タイプ３なんているんかい？でもわしはそのタイプ０の奴らに同情するね。わしのじいちゃんはこの世には男と女とブスがいるって３分類してたけど、そのブスって部類とあい通じるとこがあるなあ。その点わしはブスだろうが美形だろうが、女なら公平に愛を与えるところが偉いんだな。
詩人	早い話が色情狂か。その点、俺だのあの画家さんなんてのは、男だって美しいもの以外は見ようとしないね。もっとも美しいってのは、時として吐き気を催すほど凄いものがあるけどな。
女将	（２人に酒のつまみを出しながら）まあまあ何やら固そうな話ねえ。でもまあいつも通り、月並みなことを喧嘩口調でやっているみたいで、ほんとに仲がよろしいこと。
詩人	おっと、こりゃあ手厳しい一言。
旦那	女はみんな呆痴病患者だ。もっとも阿呆な女の方が、えてして可愛いもんだけれどね。
詩人	しかし賢いのか痴呆なのか分からぬ妖しい女もいいぞ。
旦那	このスケベーが。本性を発揮してきたな。
女将	あら…？外の方で何かが倒れたような音が…。
（女主人、立ち上がって見に行こうとすると、店のドアーが開いて、真っ黒なコートと黒いブーツに見をくるんだ、歳は１５～６と思われる少女が入ってくる。）