（０１０４）吉祥寺でも時は過ぎ行く

(19841125-1)　よくよく思い返してみれば、「彼」が３０歳代の人間になるということを考えてみたことがなかったなあ（恐ろしいことに今でもそうなのだが）。だからもう困っちゃって困っちゃって…。本当だよ、こんなに長生きなんかするつもりなかったんだ。そりゃ生命線は長いけれどさ。でも明日ぽっくりいく可能性がないというわけでもないしさ、もし明日死んでしまうとしたら、それでもやはり世界は光輝くのかな。今日は詩人が素晴らしく謳い上げるようなきらめく秋の日なんかじゃない。なんのへんてつもなく、どこかくすんだ肌寒い一日だ。しかし自分のいない世界のことを考えてみると、それとなくどこか優しい感じがするのはなぜだろう。今聞いている音楽のせいかな。それとも人体に及ぼす秋の何かフィジカルな効果のせいだろうか。この無明感がなぜかとても好きなんだけど…。それやこれやでまた一日が滑るように過ぎていく。まだ生きている…。なんて不思議なことだろう。

(19841125-2)　なぜみんな働き過ぎて疲れているのだろう。いやだとかつまらんなんて言いながら、それでもどうして働き続けているのだろう。「彼」は何もしないので疲れている。変な話だ。どちらがより変なのだろう。

(19841125-3)　都会の雑踏の中では、立ち止まるだけで他人に迷惑をかけてしまいます。素顔をさらすだけで、不快感を与えてしまいます。バイオリンを抱えて足早に歩く少女。「彼」は立ち止まって見続けたかった。立ち止まって彼女の細い髪が逆光に透けるのを、とても見続けていたかったのだ。もう二度と見ることのできないであろう、あの姿。初木枯らしの吹いた一日。

吉祥寺百景（００５）19841125