 今日街を歩いていて、改めて驚いた。行き交う人々の顔が、全て今まで見たこともない新しいものだということに。それは当たり前じゃん、と言うかも知れないが、いつも散歩する町の中や、変わり映えのしない行き付けの喫茶店に退屈して、何か見たことのないものや味わったことのない体験はないものかと感じていた私にとって、かなり新鮮な再発見だった。
今まであまり人の顔を見る方ではなかったが、前を行く人の後姿に対してあらゆる想像力を動員してその顔を予測しても、追い越して振りかえってみれば、そこには常に予想の外にある新しい顔があった。それはすべからく未知の顔であった。初めて見る人の顔は、今まで見たこともないパターンの容貌として、常にそこにあるという事実。
今まで半ば無意識に、それまでに認識してきた過去の顔のパターンに当てはめてやり過ごしていた自分自身に気づき、すべての未知の顔が新しい、それまで見たこともないものであるという感覚は、それまでの退屈を吹き飛ばした。通りすがりの垣根に咲いた一輪の小花の中に、未知の世界の神秘性を感じたときに似た、ありきたりの通常からすこしだけずれた意識。それは自分自身の中の未知だった。
そして驚いたことには、鏡の中の自分の顔もまた、ひとときたりとも同じ顔をしていないという事実に気がついた。異なる表情、異なる意志、異なる造作、異なる人相。意識が少しだけ通常からずれただけで、鏡の中の自らの顔が、いつも初めて見る未知の顔だという感覚は、かなりインパクトのある個人的現実だ。私は一体何者だ？…誰にも答えられない問い。
他者の顔もまた然り。同じ顔の上に積み重なって存在している過去と未来と現在。１つ足り共同じもののない顔の上にある、ひとときたりとも同じでない表情を見つづけている奇跡。そしてそれを見、知ることができる自分というものの存在する奇跡。街中を行く人波の中の無数の顔が、きらめく宝石たちのように見えることもあれば、この世のものとも思えない異生物たちの面にも見えることがある不思議。
そして時としてその中に、かつて見たことのある顔を発見する時の、千歳一遇の出会いの奇跡…。人々を大切にしよう。そして友人知人をこれまで以上に大切にしよう。そしてこのことに興奮している自分自身をも、もっと大切にしよう。…そこへようやく待ち合わせの友人がやってきた。このことを早口でまくしたてると、わけがわからない彼女は小首をかしげた。
２０００１００２月／ＫＩＮ１６７青いスペクトルの手
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