 19870614 ある怪談
昔、大学１年の頃、寮で怪談を作った事がある。ある男(Ａ)は鏡に映る顔が、実際の彼自身と比べて、どう眺めても歪んで見えるのだ。自分はこんな顔だったかなと思っている時、友人が入って来てそのことを指摘する。だんだん恐ろしくなってきて、Ａは同僚たちを呼んで見てもらう。最初は鏡の歪みかと思っていたが、友人と一緒に映ってみると、その像は鏡に映らない位置からの者にも歪んで見えるのだ。その隣の友人や背景はちゃんと映っているというのに！友人たちは怖くなって逃げ出す。その後Ａの鏡像の歪みはだんだん酷くなっていくばかりであり、やがて共通の世界観とのずれから発狂する。
実は自意識過剰からすでに半ばノイロ―ゼぎみだったＡは皆の嫌われ者で、ルームメイトも含めたみんなが懲らしめてやろうと口車を合わせてからかっていたのである。そしてこの世界にはそもそもほころびなぞ存在しないという目出度いオチであっだ。しかし安定した世界という安全弁を取り払ってしまえば、世界及び他者との接点を失ってしまったＡのその後とは、誰にも当てはまる可能性がある。彼がノイロ―ゼであるなしに係わらずだ。これは再考の余地がある。
新しく作ったオチはこうだ。後日、罪の意識にかられた友人は病院を訪れて、かなり症状が落ち着いたと言われるＡに対し、自分たちの行き過ぎた悪戯を明かしてわびる。するとＡはこう言うのだ。「いいやあれは本当のことさ。君が今度鏡を覗く時、その映った姿をよーく眺めてみるがいい。本当のことなんだ。」そういうＡの面持ちは、友人には狂人と言うよりむしろ聖人のように感じられた。友人は帰り際に、病院のトイレを借りて鏡を見る。そして今度は自分自身がその狂風の中に落ち込んでいくことになるのである。
19870617-1 完璧なエゴイストは全人類愛に満ち満ちた者である。自我を突き詰めていけば、それは総ての人々にまで繋がっていき、他者の幸せなく自分の完全なる幸せは有り得ないということにやがて気づくだろう。
19870617-2 夜中にＭＡＲＫＴの前で、若い男女がしゃがみ込んでいた。どちらかが飲み過ぎて気分が悪くなり、それをもう一方が心配しているのだろうと思っていた。しかしよく見ると、２人して猫に牛乳を飲ませていた。どこかの自販機で買って来てあげたのだろう。それを知った途端、心の中にあの人間が大好きであるという感情がじわーっと湧いてきた。これは「彼」の一つの原点。「彼」は人間に対して、今ここで何ができるのか。
吉祥寺百景（０７１）19870614,19870617
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