 (19841111-1) すてきなランジェリーを初めて身につけた女が、男とのアバンチュールの期待まで身に纏うように、彼は洗髪後のうすい髪がうまくまとまったので、妙にそわそわしてしまって街に出た。もちろん別に何を期待するというわけでもないのだが。街にはよどみのように、また早瀬のように人が流れていた。晩秋の黄昏時。吉祥寺の休日は雑踏のおしくらまんじゅう。「彼」はできるだけ外出しないようにしているのだが、人が嫌いなわけじゃあない。集まってくる人たちが不快だと言うのは、田舎者が東京に住み着いて、かつての自分の町の住人を田舎者呼ばわりするのと一緒だと知っているからだ。
(19841111-2) 外人が口笛を吹きながら通りすぎる。彼は日本人たちをどう思っているのだろう。先日、井の頭公園で赤ら顔の３０歳くらいの外人２人が、通りすがりに日本人の幼児をしゃがみ込んであやしていた。ひげ面のあの屈託のない笑顔。「彼」は立ち止まってそれを見、つい微笑んでしまっていたのだが、２人の立ち去った後にその子の親たちは言った。「よく泣き出さなかったね。」別に悪気はないのだが、偏見はある。なぜかそれを聞いて悲しかった。偏見。これは日々努力してなくそうと努めなければならぬものだ。偏見の檻に閉じこもり、出て来ない者のなんと多いことか。幾重にも重なったその檻を見よ。
(19841111-3) 可愛いと言われてはにかむ少女のしぐさには胸をくすぐられるけれど、瞬時に血も凍るかと思うあの醜女のかわいこぶりっこは、「彼」の生きる意欲をこそぎ落として窒息させる。
(19841112-1) 井の頭公園の木々がかなり落葉してしまい、なにかこうすかすかしてしまった感じだ。そして大地には枯葉が敷き積もり、歩くのにも掻き分けて進むような具合だ。毎日目が離せないこまやかにして大胆な季節の移り変わり。それにしてもあの、落ち葉を焼く煙の匂い…。傾きかけた陽の光が、たなびく煙の帯の中で斜めの筋になる。澄んだ大気の透明な色。
(19841112-2) 「彼」は意志の疎通が下手だとしみじみ思う。「彼」はおそらく怒りよりも恥ずかしさのために死を思うタイプの古い日本人なのだろう。「彼」は思う。あらゆる経験をしたい。そのためにあちこちに出向くのだ。人々を大切にしようと思いながら。「彼」はいつもわがままだ。
吉祥寺百景（００１）19841111〜19841112
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