われわれ自身が宇宙の世継ぎだと観じ、海の潮は我が身の血管の中に溢れ、空の星は和が手の宝石だと観
じ、全ての物事が永遠で聖なる者だと知る時、そこにわれわれを物欲しさ、でしゃばり、権力欲とか暗く
わびしい快楽などへ誘惑できるどんな動機がありえようか。　 　　 　　　　――オルダス・ハクスレー　

われわれは地球の目であり、耳であり、我々の考えることは地球的思考である。――ライアル・ワトソン

　私たちを乗せて回る、青く輝く水の惑星・地球。この星はなんと美しいのだろう。この惑星の写真を眺めていると、目頭が熱くなり涙がにじんでくるのはなぜなのだろう。この星の映像を見る時、私は自分が地球を無条件に愛していることを知る。そしてそのように地球に愛されているということも。様々な地球の映像があるが、その中でもインパクトのある有名な写真が何枚かある。世界で最初に肉眼で地球を見たソビエト連邦のガガーリン。彼の「地球は青かった」という言葉通りに青く輝く地球が、漆黒の闇の中にはかなげにしかし光り輝いて浮かぶ写真。そして月を周回するミッションを帯びたアポロ８号から撮った、荒涼とした月の地平線の向こうから半月のように陽光を浴びて昇ってくる「地球の出」の写真。月まで行くことによって、かえって地球自身を再確認した１枚だ。さらには白と青に輝く地球をはるか下方に、命綱もなく宇宙空間に浮かぶ宇宙飛行士。宇宙空間を背景に地球と人間が１つのフレームに収まっているショット。そしてそのサンバイザーに映り込む地球…。

　与えられた想像力を精一杯使って、そのはるか上空の宇宙空間から地球を眺める視座に自分をイメージ投影してみる。その高みからほんの薄皮１枚の大気の底で、精一杯生きている友人知人や全ての人たちのことを考える。そして同時に様々な動物や植物たちともどれだけ身近に共存しているのかを実感を持って思い知らされる。全てで１つであることの真実が体の中を駆け巡る。長きに渡って様々な過ちと成功を繰り返しながら、ようやく私は今この視座を獲得し、かけがえのない地球といとおしい生命たちを見ている。…その時メタな次元で位置の反転が起こる。衛星軌道上から地球を眺めつつ、はるか眼下の人間世界の１人ひとりの幸せを祈っていたはずなのに、今地上のこの部屋の中でその１つの生命体とし存在している自分自身に気づく。どちらにも生きられない自分から、どちらをも生きる自分への軽いジャンプ。その時私は、その２つの位置を等価に見ることができる第３番目の視座を体験できたのだろうか。

　国際連合そのものが今、権威の失墜も含めてその有用性を問われている。経済的にそれが可能であるならば、重要な国際会議などは衛星軌道上で地球を眺めながら行えばいい。みなが地球の写真を見つめているだけで感情失禁する私のようだとは思わないが、それでも国家の代表たちが輝く地表を遥か足下に眺めながらも、古臭い政治的かけ引きだけに終始すると考えるほどの悲観主義者ではない。もし未来にも刑務所が必要だとしたら、地球を常に眺めて暮らせる衛星軌道上に作ったらどうだろう。みながみな啓示を受けたり改心を超えて悟ってしまうとは言わないが、それでもおそらく何らかの大変化はありうるだろう。…いやしかしその案は却下した方がいいかもしれない。なぜといって、私が一番先に衛星軌道上の服役ステーションに送り込まれたいと望むように、犯罪者が逆に増えてしまうであろうから。

　シニカルなエコロジストの台詞。「地球上で環境を破壊し続けている無知蒙昧な人間が、近い将来勝手に自滅してしまおうが、地球自体は痛くも痒くもないさ。」いや、私はそうは思わない。人間も自身の一部として愛している地球は、自滅しかけている人間のことでもとてつもなく辛い思いをしているに違いない。もちろん人間と同じ感覚次元でではないだろうけれど。もう定着して久しい「地球に優しい」というエコロジカルなキャッチフレーズには人間の傲慢さを感じるからだろうか、最初からずっと好きではなかった。なぜといって本当に優しいのは地球の方なのだから。「地球は優しい」なのだ。しかしもうそんなこだわりすらも止めたほうがいいのかもしれない。

　地球が人間をも愛している。それこそひとりよがりの妄想だと言うかもしれない。それは否定しない。論理的根拠を持って納得してもらうことは出来ない。それでも自分がある種非正常であることを認めるだけの正常さは持ち合わせているつもりだ。いや私は単にそのような考え方が好きなのだと言った方がいいのだろう。この世界が大嫌いだ！と吐き捨てるのと、大好きだ！と叫ぶのとでは、私の中ではほとんど大差がないような気もする。しかし私は間抜けにも無防備で「地球が好き、人間が好き！」と言う方が好きなのだ。常識や科学的世界観を否定せず、神秘主義的な見方も受け入れて、少しずれた視座から世界を見る姿勢。…それにしてもこの美しくも愛しい地球を衛星軌道上から眺めている自分をイメージしている、今ここにいる地上の私。この自覚もまたどこか別のところで、今ここの自分をイメージしているだけなのだということはないのだろうか。いやすべては今ここだけで生きているのではなく、同時に多数の場所にいる自分をイメージしたことによる、イメージの逆照射であったりはしないのだろうか。