#106　見渡せば いずこも同じ 妖かし野

■何らかのきっかけで、または自然に変性意識状態になってしまう人というのはいる。それが生命や精神の危機に直面したら、いわゆるスピリチュアル・エマージェンシーというやつだ。今思い起こせば、昔の私はそんなネーミングも知らぬまま、少なからずの数のそのような人に会っていたことになる。ちょうど変容のピーク時に居合わせ、ただ何もできずにそこにいて、何気ない言葉を口にするだけなのだが。

■軟禁されていた自宅から抜け出して、多摩川を下流までスリッパで歩いて消えた若き天才音楽家。本当に人が良すぎて自分の生活や心のほとんどを他者に貪られ、現実と乖離してしまった編集者。ちゃんとサポートがついたセッションで幻覚キノコを食して戻ってこられなくなった青年。憑依体質なのに知らぬまま稲荷に近付き、性格が一変した少女。宇宙人と交信をして未明の池に飛び込んだ、後の空間物理学者。

■まるでこちらの潜在的な異能力を引き起こすかのように生起する事件。こちらも何の根拠もないのにああしたらいい、ことすると楽だと思いつくまましゃべる。深夜に失踪してしまった者を、川を海に向かって歩いて行ったと決めて（そう、自分で決めてしまうのだ）探し出してしまう。さも自信たっぷりにうなづいてただ笑っている。そんな自分を客観的に見ている自分がいた。いつもそうならいいのだけれど。

■ところで明確にしておきたいのだが、私は決して超能力や霊能力や異能力といった類のものはない。時々勘違いして色々聞いてくる人もいるけれど、どうぞご勘弁願いたい。普通の言い方での「輪廻転生はない」と敢えて表現するほど、曖昧なままそれぞれの世界観がずれたこんにゃく問答には関わりたくないのだ。もちろん科学や宗教にガチガチな会話も苦痛極まりない。普通の日常会話が一番大切だし好きだ。

■思い起こせば私は自分の意志とは関係なく、尋常からはみ出している多数の人間と接してきたことになる。今現在私と懇意に接してくれる人たちも、おそらく尋常ではないのだろう。おいおい、そんなことを言って断縁されたらどうするのだ。いや、それくらいで離れていく人とは最初からご縁がありませぬ。あれ待てよ、異常なのは周囲ではなく私の方だけなのか。…えー、ここはひとつ穏便に共倒れということで。

■そういえば昔、デザイナーをしている友人に「自分の周りに変わった人が多いからといって、世界がそれほど変わってきていると思うのは勘違いだよ。世界のほとんどはもっと普通だから」と言われたことがある。確かにそうだった。しかし今は世紀を超えて時代も変わった。常識や人々の興味も変わって来ている。預言・占い・超古代の叡智・霊視・交神・転生・癒し・整体…なんでもござれだ。不可逆的世相。

■良い時代になったような気もするけれど、とんでもない時代になっているとも気づく。自他の中に思いもかけぬ様々な異能力があり、ちょっとした努力でそれを使えると気づくのはいいことだ。しかしそこに閉じこもってしまわないように心底から願いたい。しっかりしていないと、根こそぎ自分自身を持っていかれてしまう可能性もまた、昔と比べて増大していることを忘れてはならない。自他共に…である。

■それにしても本当にみんなどこに行ってしまったのだろう。昔の自分すらもどこに行ってしまったのだろう。…どこにも行かない、行っていない。ずっとここにいる。ただ自分だけがはぐれ漂い彷徨いまどろんでいるのだ。それにしても、この眠りから醒める呪文は何だっただろう。それだけをずっと思い出せないままでいる。

2006.06.01 Thursday