（575）葛温泉「仙人閣」

「仙人閣」玄関。画像は2007.11.25に再訪した時のものを使用。

■ネマガリダケの薮が落とす影のそばに、大きく伸び切ったゴボウがその葉を広げている。その上を熊蜂が自分のテリトリーを守るかのように、ずっとホバーリングしている。皆でお世話になっている家の畑に種を植える作業をしているところだ。雲１つない空を抜けてくる日の光は暖かい。隣の桑畑越しに見える日本アルプスが美しい。

■今日はアサリちゃんのお母さんが、松本から高速バスに乗って厚木に帰る日だが、その前に皆で、大町から高瀬川沿いに10kmほど山に入った所にある、葛(くず)温泉に入りに行く事になっていた。地元の道に詳しいリーコちゃんが運転する車は、萌える新緑とよく似た凄い黄緑色の水をたたえる大町ダム沿いの道を軽やかに走っていく。

　　　　　　

■やがて谷にかかった陸橋を渡ると、目の前に標高2647メートルの餓鬼岳が迫ってくる。長いトンネルを抜け、仙人岩の横を通るとやがて葛温泉「仙人閣」が見えて来た。平日のまっ昼間から温泉に入りに来る男性はあまりいないようで、ここでも私は露天を一人独占状態となった。日本秘湯を守る会所属の葛温泉は湯量が非常に豊富だ。

■迫り来る萌木の山を見ながら、さわやかな５月の風と、穏やかな山の陽光と、程よい温度のお湯の中で思いきり体を伸ばす快感。日本人でよかった。ややこしい事を云々するのは後にして、ただリラックスするのも才能の１つかも知れない。横幅10数メートルもあろうかという大きな岩に登ってみると、その先は河原につながっていた。

■仙人閣の露天風呂は高瀬川に面し、その向こうに高瀬渓谷の山々を望む素晴らしいロケーションだ。湯質はナトリウム塩と炭酸水素塩その他が入る、pH7.4の単純泉だが、この温泉宿に来る途中のダムが堰き止めてできた湖の色は、葛温泉が流入している影響で、「絵の具のような」と表現されている美しい非現実的な水色をしている。

　　

■この露天は一応男湯と女湯は別れているが、露天ではアバウトに繋がっていて、その気になれば覗けるし、周れば行き来が可能な作りになっている。女風呂の方のお湯は熱くて量も少なくて浸る程ないと言うので、どうせ他に客もいないし、せっかく来たのだから、私一人で独占させずに、男の方の露天に入ったらどうかと私は言った。

■ここは一部混浴で正式な混浴ではない。リーコちゃんもヒロミちゃんもお母さんも、別に混浴に関しては拘りを持っていないのだろうが、アサリちゃんは何やらサイババ関係の戒律だかで、異性と触れ合う事は何とかかんとかと言っていたから、私は一応気を使って、トイレに行くからゆっくりどうぞと言って１度露天を出る事にした。

■内風呂でゆっくり体を洗い、脱衣所でいいかげん時間をつぶした後、もう１度露天に浸かろうかと思って行ってみた。すると先程の大きな岩の上にみんなで登って、ポーズを取ったり伸びをしたりと、しっかりそこで寛いでいる。実際のところ混浴露天風呂では、入ってしまえばなぜか男性より女性の方が大胆になる傾向がある不思議。

　　
　　 上の３枚の画像は「信州湯めぐり紀行」http://blog.goo.ne.jp/yumeguri-roman より借用。

■私は何かタイミングを逃して入りにくくなり、また脱衣所に戻ってしまった。再び時間を潰してから覗いてみると、どうやら女性軍は退散したようなので、私は最後にもう１度ゆっくり露天に入った。裸のまま光の中にいるのも、お湯の中にいるのと同じように気持ちの良いものだ。そして自分は今ここで何をしているのか再自問する。

■日常生活とは異なる刺激や目新しさにも、新鮮な意識で接する事がなくなってはいまいか。ただ現実からの乖離ではなく、その未来と現在をつなぐための人体実験ではなかったのか？初心忘るるべからず。初心忘るるべからず。その気持ちを奮い立たせながら、眩しい新緑光の乱反射の中で洗いたての服を身に纏い、葛温泉を後にした。

★所在地：長野県大町市平2118 TEL.0261-22-3211 http://www.hitou.or.jp/hymbrrsv/hymbr_pg01.html?yc=ns140

人生丸ごと湯治日記（５７５）　19950518 re.