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　鉄輪方面へと続く道をどんどん降りていくと、やがて左手の少し道から引っ込んだところに「別府健康ランド」があった。建物の入り口は派手でなく、むしろ大き目のビジネスホテルのように地味で静かだった。玄関に入るとフロントの電話が鳴り続けているのに誰もいない。さてならば料金は帰りにしようかなどと考えていると、奥からおばちゃんが登場。先ず電話に出ると断ったり受け付けたりしながら宿の予約をさばくのに忙しく、私はさらにそこで立ち尽くして待たねばならなかった。

　ようやく料金１０５０円のチケットを買い、階段の上り下りも含めたかなり長い距離を歩いて各種浴場のある建物へ向かう。道の果てにかなり年季のいった休憩室があり、そこのおじちゃんにチケットを渡してようやく浴場に入ることができた。観察するにこの大きな施設の従業員たちはかなりの年配者が多いようだ。

　脱衣所からすぐのところに、四角く大きい浴槽があり、湯がコロイド状の分有物のために白濁した「白湯」がある。光の加減でわずかに青みがかって見える美しい白だが、足元には肌理の細かい鉱泥が沈んでいる。この濃い湯の触覚は慣れると心地よさを感じる。まずそこに浸かってから、左横手にある階段を下りるとそこは地下鉱泥湯である。こちらは飽和状態にまで泥が溶け込んでいて、その色は薄目から濃い目までの灰色だ。

　中に２本の手すりが配されて浴槽が３列に分かれているが、その片隅で北九州から来たらしい男性数人が泥に沈みながら女を口説く話をしている。横手にある石作りの通路を通って湯にはいり、手で泥をすくっては体に塗りたくってみる。粒が揃っているからだろう、その灰色の泥は見た目のイメージよりよくクリームのように伸びて皮膚に纏いつく。アトピーなどで悩む者には効き目がありそうだ。足元には白くて粘性の強い泥があり、いわゆる通常の湯に入るという感覚ではすでにない。腐食粘土・噴気・地下水が絶妙なバランスで混ざり合ったこの泥湯のにゅるっとする感覚は、足で触れてみなければ分からない。壁にはこの４号泉の泉質が明示してあり、酸性明緑礬泉と書いてある。硫酸鉄を多く含んでいるということだ。ｐＨは２．４５と酸性度は大である。

　外に出ると滝湯があり、この白濁した湯でうたせ湯ができる。肩こりや神経痛には良く効きそうだ。さらに小さな橋を渡って広い庭に出ると、名物の露天大鉱泥浴場がある。その見た目は灰白色というよりは微妙に黄色や水色も混じったような独特の色合いである。足元も見えない湯の中では３０センチほど足が泥の中に入る田んぼ状態である。蓮根取りはこんな感じなのかもと勝手に妄想してみる。滑って転ばないように竹製の手すりに沿ってゆっくり入っていき、中央あたりでじっと泥湯を味わってみる。少し比重が高いので、心持ち浮遊感がある。

　別府明礬橋を眺めながら泥湯の中央に浸っていたら泥の中側が熱くなってきた。私も髪が長いので女性に配られるビニールキャップをかぶって、入り口近くに移動してのんびりしていた。この池のように広い混浴露天の泥湯に若いカップルがやってきて、首まで浸かっている私の目の前で、エントリーしようとしていた。じいさまばあさまに混じって他にも何組か若いカップルを見受けたが、みんな男の方がこんな面白い温泉があると教えたくて連れてきてたようだった。

　その可愛らしい女の子も、タオルを外して白い湯の中に全身を滑り込まそうとしていた。全く見えない泥湯の中の足元に神経を集中するあまり、胸元への意識がおろそかになり、形の良いおっぱいがしばらくのあいだ日の光に晒されていた。別に大したできごとではないのだけれど、思いがけない時に美しい女の子の胸がポロリと見えたりすると、ちょっと得をした気分になるのはなぜだろう。

　その隣りにあるより大きな高温の泥湯の池は立ち入り禁止なのだが、湯気がもうもうと上がるその前を、数人のばあさま方が寄り添って歩いていく。それはちょっとた地獄の池の光景のようでもあった。この湯質は他にはあまりない。泥湯という名前から汚いとか不潔などというイメージを持つ者がいるとしたらそれは間違いである。貴重かつ絶品の感触は浸からずして語ることはできない。

　帰りに玄関のところの自動販売機でジュースを買おうとしていたおばあちゃんが、返却ボタンを押して返金された１００円玉をまた入れて、２度に入れたのにまだ商品が出ないと文句を言っている。どうも少しボケも入っているようだが、ばあさま軍団の乗ったバスの男性添乗員がこれらの相手をしていた。靴を履かせたり一向に要領を得ないヨタ話を聞いてあげたりと、余り報われない努力をして頑張っている。かつてはこのばあさまたちも、ぽろりとこぼれればドキリときめくきれいなおっぱいの持ち主だったはずだ。時を超えてがんばれ、添乗員。時を超えてがんばれ、ばあさん軍団。

■画像キャプション
上右：「別府健康ランド」の入り口。イメージとしてはやはり若者の健康ではなくお年寄りの長寿健康かな。
中左：肌理が細かくコロイド状の泥粒が溶解している湯の肌触りは想像していたより気持ちよく、長湯決定。
中右：地下鉱泥湯には泥色になった柱と手すりがある。泥という先入観がなければ、もっと心地よいだろう。
下左：広々とした庭の中も混浴なので、裸の男女が行き交わざるを得ない露天大鉱泥浴場は不思議な空間だ。

人生丸ごと湯治日記（０５８） 20050401-4