241bite

　予定の午後９時前の８時４０分過ぎ、乗客が揃ったので平湯温泉行きの深夜バス「飛騨エクスプレス号」は名古屋の名鉄バスセンターから出発した。今回目的とする温泉は、岐阜県にある「奥飛騨温泉郷」である。実は３年前にも車で行って１泊したのだが、あの時は右も左も分からぬまま飛び込みでの宿泊だった。今回はきちんと下調べもしたし、行き帰りも宿も全てお任せの企画ものツアーである。行き帰りは名古屋－平湯温泉の直行バスだし、宿も平湯温泉での１．５泊込みである。この飛騨エクスプレスという企画ツアーは、あちこちの名所や地元物産店を引きずりまわされるタイプのパック旅行とは逆に、飛騨高山から平湯温泉までの特急路線も含む、新穂高温泉終点までのバス路線全線を２日間乗り放題のチケットが付いていて、それを使って各自が自由に５つの温泉と飛騨高山を訪れ楽しむというものだ。

　何と言っても決め手はその１．５泊というリーズナブルなプランニングだ。夜の９時に出発して深夜の１時過ぎに平湯温泉に到着し、床が敷いてある旅館でそのまま眠る。眼が覚めたらその日１日を自由に行動し、さらに１泊して翌日の午後２時半までの時間を好きなように使ってから、名古屋方面に帰路に着くというものだ。ちなみに食事は宿での２朝食１夕食付きだ。さらにビールや毛蟹や割引券その他幾つもの特典も付いて１６８００円ぽっきりというお値打ちものだ。今回はさらに「旅の手帳・奥飛騨温泉郷２００３＞０４」という交通新聞社刊のしっかりした変形Ａ４版の旅行ムック本（１４０ページ）もおまけとして付いてきたので、何冊か持参してきた旅行本も必要なくなるほどに至れり尽くせりのサービスだ。

　のっけから旅行会社に依頼された文章のようになってしまったが、実際にこの企画は素晴らしい。深夜に到着してすぐ床に就き、翌朝から行動できるようにするという企画の発想と、それを可能にしたバス会社や宿などの様々な企業努力のすりあわせや統合が感じられる。空っぽの路線バスを走らせたり、空室をただ眠らせておくよりは、様々に組み合わせて活用し合おうということだろうか。出発してから案内のガイドマイクを握ったのは、バス乗り場で点呼を取っていた、素朴な感じだが元気そうな老人だった。彼が「７３歳のおじいですが、今回のガイドをさせてもらいます」と素朴な口調で話し始めると、乗客からは思わず好意の拍手が大きく打ち鳴らされた。乗客は中年夫婦と思われるカップルが数組と、高校生か大学生に成り立ての若者たちのグループが２つほどと、あと何人かで全部で２０人ほどだろうか。

　やがて車内が消灯されると、眠気を誘うバスの振動でほとんどの客同様、途中のトイレ休憩駐車が１度だけそれを妨げられたが、私も眠りに落ちていたようだ。やがて終点近くで別のスキー場行きの客を降ろしながらバスは走り続け、乗鞍岳の麓の標高１２８３ｍにある平湯温泉バスターミナルに到着したのは深夜の１時過ぎだった。宿まで続く３分ほどの凍結した道のりを、老ガイドに従って滑らないように重心を下げた雪国歩きもどきで進む。初めて訪れる場所の風景はいつも想像の外側にある新鮮さを持ち、そしてどこか自分が忘れ去って久しい遠い昔の感覚を思い出させる。今回の宿は穂高荘「山がの湯（さんがのゆ）」だ。最近までここは明治末期から続く老舗「船津屋旅館」だったのだが、最近新穂高温泉にあと２つある穂高荘グループの１員として新装開店したらしい。

　深夜なのに笑顔で待ち受けていたフロントに鍵を渡されて、とにかく部屋に辿り着く。広く快適そうな空間だ。温かすぎるほど暖房してある。窓から外を見ると、山奥のこじんまりした温泉街が雪に埋もれて眠りこんでいる。さあ眠る前にとにかくひとっ風呂だ。奥飛騨温泉郷は循環する方が経費がかさむほどとにかく湯量が豊富で、この宿も例に漏れず惜しげもない掛け流しである。豪快な雪中の露天は明日新穂高に行って入るつもりだが、ここの湯質もとても良い。鉄分が多いというこの湯のおかげでほかほかになりながら、敷いてある布団の中に横になるかならないうちに眠りに転がり込んで行った。

画像キャプション
右上：到着後眠る前に入った大浴場は無人のまま掛け流されていた。反対側に露天風呂へ通じるドアがある。
中左：通された部屋は玄関真上に当たる１０畳以上の広さの和室だった。食事は別の部屋で取ることになる。
下右：夜中の２時。一風呂浴びた後、和風の湯上りロビーにて一休み。このゆとりの空間がありがたい。

テラバイト日記（２４１）20040201