20010304
知らなければ心穏やかであろうニュースもある。しかし知ってしまったこと自体を悔いもしないし、知らねば良かったとも思わない。日曜の朝、浅草のファミリーレストラン・ジョナサンでケンチン汁朝食を食べた後、コーヒーを飲みながら久しぶりに新聞を読んだ。店内にはポピュラーソングを弦楽協奏曲にアレンジした音楽が流れている。
まずはクローンの問題と遺伝子操作の問題についての記事。クローンや遺伝子操作の結果として生じた生命にも魂は宿る。すでに命のあるところに、生まれてしまったものに、差別や否定的な接し方はしたくないものだ。安易に生命を弄ぶことは常識的にも戒められている。しかしそれでも、常識の堤を越えて波はやってくる。クローンの人間に対して、差別や嫌悪を露わにする者がいる。しかしそんな人が別のところでは、人間は神なる宇宙人によって遺伝子操作やクローン技術を用いて作られた存在だという話を鵜呑みにしていたりする。クローンがクローンのクローンを差別するのだろうか？
次の記事。７女が母親や兄姉に殴られ蹴られ続けた日々の果てに息絶えたというニュース。この内臓が絞られるような不快さはどこからやってくるのだろう。このように取り返しのつかない悲惨なニュースは、今までにもたくさんあった。コンクリート詰めされた女生徒、７年以上監禁され続けた娘、親に折檻されて死んだ子供たち。それらの生命の苦痛を想像し、共感しようとして弾き飛ばされるほど、その苦痛と苦悩は計り知れない。
クローンや堕胎や薬害や自然破壊も重要な問題だが、日々の生活の中で少しずつマヒしていく精神が、小さく弱い、頼りなき生命と魂を加虐し、致命傷を与え続けている現実も大問題ではないだろうか。それは他ならぬ私たち一人一人の心の中の問題でもあるはずだ。
「そんなことをする人の気持ちがわからない」「全く鬼畜のごとき所業で、人間として信じられない」などと、自分とは関係のない事件として、第３者的な感想やコメントをよく耳にするけれど、本当になのだろうか。ほんの少し心の一部が歪むだけで、私たちの誰でもがそのような所業に走る可能性を有している。これは「私に限りそんなことは決してない！」と強く主張する者ほど当てはまるだろう。
他ならぬ自分自身が、ふとしたはずみで残虐極まりない加害者に横滑りする可能性を内包しているという認識に立って初めて、被害者側の想像を絶する地獄のような苦痛をこの身に置き換えてコメントできるのではないだろうか。他者・他人のこととしてコメンテイターになれる者は、結局何も共感してはいないのだろう。そして同様に他者の溢れるような喜びや、包み込むような慈愛の思いなども、真に共有することがないのではないだろうか。
正直に言おう。私はいつになっても加害者直前の人間であり、だからこそ逆にこのような悲惨極まりないニュースに対して、他人事としての冷静なコメントなどできず、ただ悲しくて痛くて辛くて、痴れ者のように泣いてしまうのだ。そしてこの加害者たちを思い切り殴り飛ばしたいという衝動を必至になって、この身の内に押さえ込むのだ。このような気持ちを無くしてしまうような悟りがあったとしたら、私は決してそのような悟りなぞほしくもない。
一面のガラス窓の外は春の陽光に満ちている。朝日で身をすすぐようにして、勤務先に急ぐ人たちが通り過ぎていく。遅々たる歩みだとしても、絶望を乗り越えて、根本から変えゆく道を模索していかねばならないだろう。そして今日この瞬間も、不本意にも輝きを奪われかけている生命たちに対しては、ただただせめてもの笑顔を、笑いを、喜びをと願うのだ。そして本当の愚か者として、この世界に対して祈るのだ。いつか必ずこの地上から、悲惨というものがなくなる日が来るということを。
テラバイト日記（０１７）
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