20010331-1
 お彼岸後初めてのテラバイト。今日はほぼ満開の桜の上に、折からの寒気が氷雨をみぞれに転じたかと思いきや、午後には落下滞空時間の長い立派な雪へと変わった。お昼にかつてお寺の檀家の総代さんだった高橋さんの関係者が１２人やって来た。総代さんというのはまあいわばお寺サポーターの親玉のようなポストだが、この高橋さんという人物は浅草にいつくもの店舗を持っていて、このお寺を大切に守っていた人らしい。そしてこの人を偲んでかつての従業員及び、高橋さんの息子さんが継いだ店で現在も働いている元従業員たちが、花見がてら集まったのだが、ついでにと突然みんなしてお墓参りにも訪れたというわけだ。
亡くなったこの高橋さんの奥さんが仕切っていたのだが、あのサービス業の人たち特有の、サービスされる側に立っていてもサービスする側の人たちにも気を配り、あれこれと手伝ってしまう優しいタイプの人らしく、一同がお寺に来る前と、去った後にもちゃんと顔を見せて、丁寧に挨拶とお礼をしていた。お寺の奥さんは「あいにくの天気でして…」と言っていたが、私がちょっと無神経に「みなさん花見酒と雪見酒が一度にできる乙な日にお集まりで、よろしゅうございましたね」と言ったら、朗らかに笑った。
その裏心なき優しそうな笑顔が、私の脳裏に九州の江上先生の笑顔を思い起こさせた。前世紀末から今世紀初頭にかけて福岡在住のイカす友人・ＢＯＢ宅に居候モードで逗留中に、１泊だけ江上先生のところにお邪魔したのだが、その帰りに江上先生が車で私を久留米駅まで送ってくださる車中で、｢禅とヤクザは同じ｣という話をしてくれた。
ヤクザの世界に入ってやらされる最初の仕事は便所掃除だそうだ。そして禅僧の修業の最初も便所掃除からだという。どうも先生は禅の立派な和尚さんと、ヤクザの親分さんの双方から話を聞いたらしい。日々の生活実践が修行である禅僧の仕事は、それぞれの位によって違うのだが、最高の仕事部署は僧侶みんなの食事を作る典座さんという仕事だそうだ。そしてその逆の一番の新人がやらされるのが便所掃除。それはもうぴかぴかに磨き上げるようにと繰り返しやらされるのだ。
先輩僧「どうだ、ぴっかぴかに綺麗にしたか？」
新参僧「はい、見てください。もうこれ以上は磨けないほど完璧です。」
先輩僧「ふむ。どれどれ…。よし、ではこれを舐めてみよ。」
新参僧「ええっ、そんな…き、汚いですよ。」かくして新参者はまた便所磨きに取り掛かるのだ。
もちろんヤクザ世界への新参者も毎日便所磨きから。こちらの新参者は肩で風切りつつ町を歩いていて、他者と目があったら因縁つけたりしているが、事務所に帰ると便所掃除が待っている。
兄貴分「どうだ、ぴっかぴかに綺麗にしたか？」
新参者「はい、見てください。もうこれ以上は磨けないほど完璧っす。」
兄貴分「ふむ。どれどれ…。よし、じゃあこれを舐めてみい。」
新参者「ええっ、そんな…き、汚いですよ。」
兄貴分「なんだとお、舐めとんのかおんどりゃー。」
…えーお後がよろしいようで。テケテン、テケテンテンテン。…って違う、違うぞ、こんなふうに話を持っていきたかったのではない。浅草の禅寺で突如思い出した、「禅とヤクザは同じという話。それを話してくれた江上先生の笑顔と、高橋さんの奥さんの笑顔が良く似ているのは、優しくて根本的なところではポジティブだからだろうか…という考察に進むはずだったのに…。
そうひとり突っ込みひとりボケをしていると、駐車場を高速で横切る毛玉物体に驚かされた。ここで日々の食事を得ている野良猫軍団の新参者だった。「こりゃおんどれ、舐めてみぃ」と言うと、その茶トラのチビは私の差し出した右手の人差し指をシャリッと舐めた。…禅寺では私はいつまでも舐められて嬉しい存在なのだろうか。雪はまたみぞれへと変わった。
テラバイト日記（０１２）
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