３行日記2002　ＷＩＮＤ３８ 　　■ある大人と少年と　20020707-1 午前８時過ぎの浅草通り。道端にホームレスが居汚く横たわり、この共有現実とは 違う夢を見ている。５歳くらいの少年が突然足元の寝姿に気づいて半歩飛び退く。 手にした荷物を握り締めつつ、数軒先の店先に入る彼の心には何が刻まれたのか。 強烈な陽光がすでに路面を焦がしている。立ち眩みに耐えながら、私は一体何を見 何を感じているのだろう。数十年も昔の夏もこんな気持ちを味わった記憶が鼻の奥 の方から立ち上がりくる。あの時の少年が私なら、それを見ていてくれたのは誰？ 父か母か、はたまた見知らぬ大人か。それはまたこのホームレスですら有り得たの だ。少年も見守る大人も私であるならば、それを見詰めるこの私の視座はどこにあ るのだろう。ホームレスの夢の中に？少年の驚きの中に？全ての人の意識の中に？ 会社に急ぐサラリーマンが、立ち止まる私の肩にぶつかって軽く会釈する。正気を 保ちつつ正気を超えて未来へ進み行こう。独りよがりの王国を常に抜け続ける心身 の姿勢で時空を滑り行こう。見上げれば青空。飛行機雲が斜めに切り裂いていく。 　　■江ノ島の夏の風　20020708-1 懐かしい猫たちの姿をデジカメに収めるべく、熱波と強風の江ノ島に渡る。断崖の 茶屋でイカ焼きと生ビールを所望。２杯で脳は緩み、意識はだらしなくその裾を広 げる。樹陰を歩くとまだらの木漏れ日が瞼にストロボ効果を及ぼして眠気を誘う。 　　　 　　■病の猫と対峙して　20020708-2 いつものように公園の岩に座り、近づいてくる猫たちを撫でる。ころころ太った猫 もいれば、目や鼻ががびがびの病気猫もいる。しかしそんな中で骨だらけて頭だけ 大きい猫が青気吐息でふらふらと近づいてきた。目を背けたくなるその悲惨な姿。 同情や共感という甘い感情では覆い尽くせぬ悲惨な姿で見上げるその生命体を見詰 め続けていると、己の無力感に胸倉を鷲掴みにされて涙が溢れてきた。愛撫した。 虚無に流れることなく正視せよ。目に見えぬ想いでこの目に見える命を包み癒せ。 生い茂る叢を背景に揺らぎつつ立つこのか細き命を、遠からぬうちに熱風が吹き飛 ばすだろう。癌や諸々の伝染病に羅患する者としない者との違いを明確に提示する 世界観はあるのか？感傷でなく諦念でなく、なければそれを見出す努力をすべし。