＜１１＞

　そう言うと、美しかった娘の顔はみるみる歪んでいき、その背中からは骨と皮ばかりの翼がバッと広がって、ヨリンゲルはその正体を現しました。そして青紫の口をかっと開け、その息を吹きかけようとします。その時、天才猫のシェリーがヨリンゲルの顔に飛びついて、両眼に爪を立てました。その隙にジュリアンは炎の剣を抜くと、ヨリンゲルの胸板深く突き刺しました。ギエエェェーッ…と、世にも恐ろしい叫び声をあげながらもんどりうち、ヨリンゲルは身を捩って苦しみあがき、あたりかまわず息を吹きかけ始めました。ジュリアンは即座に詩人の体に炎の剣をそっと触れさせ、凍っていた体を自由にさせました。詩人は礼を言うと、尻尾の先だけ凍らされたシェリーを、その形見の毛皮でこすってやりました。ジュリアンは断末魔のヨリンゲルののどに、炎の剣を深々と突き立てました。ヨリンゲルのなきがらはしゅうしゅうと音を立てて溶けていき、とうとうコウモリのような翼の部分を残して消滅してしまいました。

＜１２＞

　ジュリアンは小屋のすみずみまで探しましたが、ヴィオリッタは発見できませんでした。朝日が雪原と森を染める頃、ジュリアンは詩人とシェリーと共に、さらに北を目指して出発することにしました。天才猫シェリーは自分の研究の成果でもある新兵器の火薬が入った樽を運ぶため、ヨリンゲルの翼をうまく帆にした雪上ヨットを考案したので、一行は深い雪もさほど苦にせずに進めました。そしてようやく北の砦のある丘のふもとまで辿りつくことができました。北の砦は氷柱と霜でびっしり被われていて、さながら青くきらめく氷の宮殿でした。冴え冴えとした氷がほんのりと光を発していて、死の国のお城はかくもあらんというような、冷たい不気味さを漂わせていました。谷の入り口からは上り坂なので、シェリーは自分の作った雪上ヨットをしかたなくそこに停めておくことにしました。

＜１３＞

　二人と一匹はヴィオリッタを救出すべく、氷の城へと続く坂を登りました。そして裏門近くの壁を乗り越えて砦の中に潜入したのです。シェリーのひいおばあちゃんの毛皮がパチパチと小さな火花を発しています。小物の氷の化け物を数匹倒した後、ついに一行はヴィオリッタが閉じ込められている部屋に辿りつきました。彼女は冷たい氷のベッドの中で眠っていました。声をかけても目覚めません。いばらの角を持つシカの化け物ターラヌスによって、氷の眠りにつかされていたのです。するとちょうどその時、そのターラヌスが酒蔵に降りてきました。そしてヴィオリッタの部屋の前に見張りがいないのに気が付いてしまいました。部屋の中に侵入者がいることを知ると、ターラヌスはそのドアを蹴破って入ってきました。

＜１４＞

　シェリーとジュリアンは右と左にさっと体をのけてその突進を避けましたが、詩人は右に避けようかそれとも左に身を寄せようかと、その身のかわし方の美しさに迷っているうちに、ターラヌスの角にがっしとからめとられてしまいました。およそ５メートルほどもあるターラヌスの体は、全身をびっしり銀の霜に覆われているので、詩人はみるみるうちに下半身から凍っていきます。ジュリアンは炎の剣をすらりと抜きました。剣の先からオレンジ色の光炎が上がり、あたりの氷は次第に溶けていきます。体が凍るのに慣れっこになった詩人は、慌てずに腰紐の緋色の火打石を手に取って、まだ自由がきく両手で打ち鳴らしました。すると一面に緋色の火花が飛び、ターラヌスのいばらの角は焼けるような臭いと共に次々とへし折れ、詩人はどさっと床に落ちました。

＜１５＞

　ターラヌスの銀の毛はしゅうしゅうと音を立てて茶色に変色していきます。怒ったターラヌスは真っ青な口をかっと開け、ジュリアンめがけて青白い息を吹きかけました。しかしジュリアンの炎の剣のオレンジの光と詩人の打ち鳴らす緋色のくるみの火花が交錯して、いっこうに息はかかりません。それまで詩人の半身をさすっていたシェリーが、その形見の毛皮で黄白色の火花をパチパチと飛ばすにいたって、あたりは明るく幻想的な色合いでめくるめき、ターラヌスはたまらなくなってジュリアンに飛びつきます。ジュリアンはさっとそれを避けると、炎の剣で切りつけました。ターラヌスは左前足と尻尾を切り取られ、悲鳴をあげて逃げていきました。

＜１６＞

　ヴィオリッタは冷たい氷の眠りについていましたが、ジュリアンが優しくキスをするとみるみるうちに頬はバラ色になり、やがてゆっくり眼を開けました。ヴィオリッタは眼の前のジュリアンがまだ夢の続きだと思っていましたが、やっと本物だとわかるとお兄さんに飛びついていきました。シェリーは涙を流し、詩人は何やら愛の詩を口ずさみました。ヴィオリッタは天才猫シェリーを抱き、そして詩人に抱かれました。それからとにかくここを出ようということで、一行は砦の出口へと向かいました。

＜１７＞

　出口に出たとたん、今まで通ってきた路は凍りつき、頭上からの白い風に三人と一匹はあっという間に吹き飛ばされてしまいました。雪の斜面を転がり落ちていき、谷の入り口でようやく止まりました。シェリーは置いてあった雪上ヨットの手すりに頭をしこたま打ち付けました。いったい何の突風だったのだろうと見上げると、七色のうろこを雪に反射させていきまく怪龍グリスヒェンでした。緑色の長い舌をチロチロ見せながら、今にも飛びついてきそうな気配です。一行はあわてて林の中に入ったそのすぐ後に、グリスヒェンが木立をバキバキなぎ倒しながら、頭上をかすめて通り過ぎました。そしてそのまま勢い余って、氷が張っている谷川の深みへと突っ込みました。ものすごい氷混じりのしぶきが上がっています。グリスヒェンはおもむろに首をもたげると、舌の先から白い液を飛ばしました。それは当たったが最後、体は凍りつき、下手に触るとこなごなに砕けてしまう冷凍液なのです。

＜１８＞

　川からうまく隠れる茂みに逃れると、ジュリアンは炎の剣を抜きました。するとその時、砦の方から白い矢と槍がぶんぶん音を立てて飛んできて、あたりに突き刺さりました。角をもがれたターラヌスと手下の化け物たちのしわざです。前と後ろからはさまれた形になってしまい、一行はピンチに陥りました。ジュリアンが飛来する白い矢と槍を炎の剣で叩き落しているすきに、シェリーの指示でヴィオリッタを木のほこらに入れると、詩人は緋色のくるみ石を手に川上へと回ります。シェリーは雪上ヨットから新発明の火薬の入った樽を転がして川下に移動していきました。

＜１９＞

　凍った川からのそりのそりと身をくねらせて、怪龍グリスヒェンは林に近づいてきます。白い矢と槍を飛ばしていたターラヌスは、自らも攻撃しようと丘を降りてきました。しかしそれを詩人が緋色のくるみでけん制します。白い矢と槍が飛んでこなくなったので、ジュリアンは枯れ木とつる草で大きな弓を作り、木のまたに据えました。そして炎の剣で先を尖らせた太い木を矢にして火を付けると、グリスヒェンにねらいをつけました。怪龍が舌から出す白い液がジュリアンの赤紫のマントにかかってバリバリに凍らせたので、ジュリアンはそれを脱がねばなりませんでした。そのマントをポーンと投げると、グリスヒェンは注意を一瞬そちらに向けました。その隙を逃さずにジュリアンは弓から炎のともった矢を放ちました。矢は一直線に飛んでいき、グリスヒェンの右目を射抜きました。グリスヒェンはその長い尾をのた打ち回らせながらあとずさりしていき、凍った川にもんどりうって倒れこみました。

＜２０＞

　一方天才猫シェリーは新型火薬をしかけているらしく、あちこちに飛び回っては黄色の粉を撒き散らしています。詩人はターラヌスのまっこうからにじり寄り、絶えずかちかちと緋色の火打石を打ち鳴らして、息を吹きかけるすきを与えません。そうこうしているうちに、遠くから天才猫が尻尾を丸めてオーケイのサインを出しました。詩人はおもむろにきびすを返すと、川上側から丘を駆け下りていきました。ターラヌスは逃すものかと後を追います。あと少しというところで、詩人の足はもつれてしまい、転倒するとその場で気を失ってしまいました。しかしはからずもその場所はヴィオリッタの隠れているほこらのすぐそばでしたので、彼女は即座に飛び出していき、詩人を引きずってほこらまで運び入れました。ターラヌスはすぐそこまで来ています。シェリーはいそいそとひいおばあちゃんの形見の毛皮をこすって火花を起こし、火薬に火をつけました。カチカチに凍った雪の上をネズミのように火花が走ったかと思うと、ちょうどやってきたターラヌスの真下で爆発が起こりました。ターラヌスは紅炎の火柱とともにばらばらに消し飛んでしまいました。