人間は寒ければ暖を求め、暑ければ涼を得ようとする。最も快適な温度湿度ならその状態自体を意識しなくなるだろう。健康時に健康の有難さを意識しないように。近代テクノロジーを持って人間が追求する最も快適な空間とは、それが快適であるとすら意識できない空間、そしてそれが肉体意識を喪失するがゆえに空間の通常概念すらなくなる状態であろう。

　私はその究極の状態というものを、ジョン・Ｃ・リリーが最初に実験したアイソレーション・タンクの中を意識して言っている。外的刺激に対する(階型構造を持った)条件反射を喪失するという事は、通常の時空認識概念でいう処の時間軸に対しての垂直方向、すなわち通常空間の認識(意識)を喪失するという事だ。すなわち今であるところの、通常のここという感覚の喪失。

　しかし通常の今という概念もまた崩れてしまう。なぜなら意識のあるところが今なのだから。それが通常でない世界を体験していようとも。それではアイソレーション・タンクの中ですべての外的刺激を遮断すれば、すぐに新しい超意識次元に行けるかと言うと、それは安直にイエスとは言えない。なぜなら時間軸の過去に蓄積された条件反射群(通常言語でカルマと言っても良いが)及ぴ未来へ続くその総体としてのべクトルは、意識の中に存在している。しかもそれはすべて今という意識に於いて体験(追体験も含む)されるのであり、それは個々人によってすべて異なるものである。だがしかしその中にも共通言語的体験は個人を超えて存在するであろうし、それを通じて新たなる意識のアスペクトの表層についてコミュニケイトする事もできよう。

　しかしここで言わんとしている新しい意識の次元とは、それら残存するカルマ的な意識ベクトルのさざ波を、鎮めた後の体験を指して言っているのである。前者はそれに対してはただ今までになかった新しい通常意識状態の有様と言える。