(19861122) 土曜日の午後、吉祥寺
「彼」は雑踏の街が好きだ。逆光に髪をさらしてバス停で本を読む少女。君は素敵だ。背をしゃんと伸ばして足早に歩く女生徒。君は索敵だ。双子のように仲良くはしゃぐ小字生。君たちは素敵だ。優し気なまなざしの厳しい小父さん。
君は索敵だ。おそらく総てをひっくるめて「彼」は人間が好きだ。それがカルマだと言うのなら、「彼」は心おきなく笑うだろう。そこにはいつも音楽がある。そこはまばゆい光に満ちている。温かな涙すら流れ出る。
相手の話を放心したような笑顔でうなずくＯＬ。「彼」は鏡だ。ほう気た顔にもくったくのない顔にも心のままに写せる。心こそ「彼」の鏡だ。しからば無心であの笑顔を眺めたらどうなるか。あらゆる思い込みが拭われて笑みだけが残るのか。それとも彼女の本質だけが残るのか。
心は励起して励起してそして上へ向かって消滅する。神よ、神よ、我が心の内なる神よ。「彼」はあなたにとめどなく近付きたい。あなた、「彼」よ、何を成さしめるのか？あらゆることを。なんとなればあなた、「彼」よ。それこそは他ならぬ「彼」が望んだことゆえに。
あらゆるものを眺め、あらゆる顔を見詰めていたい。あらゆるものを愛し、あらゆる人を慈しみ続けたい。そのためならどんなことにも耐えよう。この「彼」が無くなったとしても、「彼」は誰をも恨まない。いかなる運命も呪わない。夢見るがいい。総ては夢の夢ゆえに。舞い踊るがいい。総ては回り 続けるダンスゆえに。
アーケードを抜けた門口にある、光のあふれかえる喫茶店の窓際の至福。ガラス越しの現実、ガラス越しの憧憬。信号待ちの人たちの、多分自分たちも気づいていなかろうどこか幸せそうな顔、顔、顔。土曜日の午後、吉祥寺…。
吉祥寺百景（０３６）19861122
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