(19841223)
 こんな男の話を知っているかい
ラウンドごとに２度のダウンを喫しながら
決して３度目のダウンはしなかったボクサー
１５ラウンド戦ってどうなったと思う
当然大差で判定負けさ
解説者はこっけいだと笑ったけれど
同じことを誰もができないって知っていたのかな
そんなばかげたことできても誰がするもんか
でも彼はそうするしかなかったんだ
パンチドランカーになって頭がいかれてたって
あいつは昔からおかしいやつだったさ
ケンカで負けたことがなかったっけ
そんなに腕っぷしが強かったっのかって
弱いもんさ、そう、チンピラ以下にね
でも決してまいったって言わなかったんだ
殴り倒されても、殴り倒されても
よろめきながらまた向かっていった
負けるってことが考えられなかったんだ
死んでも負けたってわからないのさ
みんなはこっけいだって笑ったけれど
でも彼はそうするしかなかったんだ
相手はついに気持ち悪がって背を向ける
意味もない人殺しにはなりたくないからね
あいつには判定負けの概念はないんだ
だからあの試合でも彼は負けてはいないんだ
彼自身の判定の中では勝利なんだ
誰も判定なんか聞いていなかった
ボロ雑巾のようになってまだ立っている彼に
みんな総立ちで拍手の嵐だった
その日ばかりはチャンプも敵役にされてしまってた
ばかな男のばかげたエピソードさ
笑い話さまったく３０回のダウンなんてね
…でも彼はそうするしかなかったんだ
彼はただの誇大妄想狂なのだろうか
あれが取るに足らない愚行に過ぎないのなら
観客たちの拍手と涙も取るに足らないものなんだろう
もしそうだとしても問題はその感動なのだ
何が人を夢中にさせ、熱狂させるのか
今はもう１５ラウンドはないし、ルールも変わってる
ずっと昔の愚かな男の小さなエピソードさ
本当に彼はそうするしかなかったんだ
吉祥寺百景（００９）19841223
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