（０１０６）記憶の中の美しき風景

(19841208-1)　昔、高校のあった町に魅惑的な小径があった。秋の午後などは色づいた枯葉が静かに舞い、路は誘うような緩やかな弧を描いて消えていた。いつか歩こういつか歩こうと思いつつ、結局歩かずじまいで東京に住み着いている。今歩けば何のへんてつもないただの小道なのかも知れない。すでにどこにあったかも忘れかけている。心の中にだけいつまでも残っている。あの道…。

(19841208-2)　ずっと以前から三鷹の駅前に、外から見ると落ち着いて雰囲気の良さそうな喫茶店があった。たまにその店の前を通る時は、疲れていたり急いでいたりで入らずじまいだった。今日、郵便局の帰りにふと寄ってみたくなり足を向けた。近くまで行っても見当たらず、つぶれてしまったのかとどきどきしながら捜した。その小さな喫茶店はちゃんとあった。しかし近寄ってよくよく見ると、混んでいて狭苦しく、思っていたほど素敵ではなかった。むしろ入りたくないような感じの店だった。

(19841208-3)　しかたなくルノアールという喫茶店に入った。チェーン店というものは１００点満点はないが、６０点の満足は得られる無難さがある。憧れの中に突き進むのと、そっと大切にしておくのとどっちがいいのか？彼は今、前者の立場を取る。たとえそれが美しい幻をぶち壊すとしても、幻は所詮幻に過ぎないのだから。そして本当に思い通りのもの、いやそれ以上のものもあるに違いないのだから。これは確率の問題ではない。姿勢の問題なのだ。

吉祥寺百景（００７）19841113〜19841116