19871130
「彼」はすべての人を愛する事ができるのだ
どんなに醜くても愚かでも邪悪であっても
たとえいかなる悪口雑言の対象であっても
たとえいかなる卑賎下俗の徒と自認しても
それでもなおすべての者をすべての物を
愛し、諾い、敬う事ができるのだ
「彼」はその事を思い出し、忘れ、思い出し
又忘れ、又思い出し、そして又忘れ…
意識の岸辺に打ち寄せる波のように
その目覚めと眠りの攻めぎ合いの狭間で
やがてその潮そのものの干満に気付く
時はそのように覚醒に向けて流れている
否、時の一方向性とはそのような事を言う
そして目覚めと共に時と世界は止まる
と同時にそれは本当に動き出す
否、本当に動き出すのは意識の方で
世界は本来初終もなく動静もない
やがて又この身は忘れ去るだろう
しかし「彼」はここまで来てしまった
忘れていつつ何かを忘れている自覚
思い出しかけている事を思い出しかけている自覚
「彼」の意識は忘れ去っていても
「彼」の存在は忘れ去ってはいない
それ故に「彼」はこう宣言できるのだ
「彼」はすべての人を愛する事ができるのだ
どんなに醜くても愚かでも邪悪であっても
たとえいかなる悪口雑言の対象であっても
たとえいかなる卑賎下俗と自認しても
それでもなおすべての者をすべての物を
愛し、諾い、敬う事ができるのだ
題目を幾百幾千幾万と唱える修業の代りに
雑踏の中ですれちがう一人一人の顔の上に
彼はYes，Yes，Yes,Yes と肯定を投げかける
華やいだカップルの踊るような身振りにYes!
無心に歌う子供たちの弾んだ歌声の上にYes!
悲し気な青年の引き締めた口元にYes!
裏ぶれた老人の眉間の深いしわにYes!
健やかな少女の活発に揺れる前髪にYes!
優しそうな主婦の少し疲れた横顔にYes!
それは祝福であり、応援であり、同情であり
そして共感であり、敬愛であり、賛美である
数珠の明珠を一つ一つ繰る動作の代りに
その光り輝く生命の可能性の大河の中で
彼はYes,Yes,Yes,Yes と肯定を受け取る
暮れかかる寒空に向かいYesl
枯れ落ちた立木がよこすYes!
この足の一歩一歩にYes!
この胸の一息一息がYes!
虚空に向かい途惑う心にYesl
至福に満ちたこの五体にYes!
Yes!YesIYes!何と美しい言葉!!
「彼」はその全存在でこの波動を放射しよう。
Yes!Yes!Yes!Yes!Yes!………
（死んでしまった猫にもYes!)
（それを悼む気持ちにもYes!）
吉祥寺百景（０９０）19871130
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