（０１７９）ＩＮＮＯＣＥＮＴ ＯＦ ＢＥＡＵＴＹ

19871106-4　INNOCENT OF BEAUTY

　見る者と見られる者という二元的認識に於いては、「美」を見る者は「美」そのものであり得ない。又これは「美」を意識する者は、「美」の当体ではあり得ないとも言い換えられる。これは例えば自分の一挙手一投足にまで細かく気を配り、自己の内の「美」を可能な限り意識的に最大限引き出そうとしている者と、それを「美しい」と見る者との関係から考えても判るだろう。その美しくあろうという意識が自意識である限り、それを見る者にとって、その自意識は美しいものではない。しかしその自己の完璧なる「美」に漸近しようとする者の不完全さそのものの上に「美」が、つまり無垢の美が見て取れるのだ。自分がこうあれかしという「美」とは絶対的に異なった美を、外から見る者は感受するだろう。

　又それは美しくあり、かつ美を見たいという者の矛盾と通じるところがある。それらすべて意識レべルに於いて二元的認識の鎖に繋がれ、又それゆえの自我の檻に捕らえられているがための錯誤だ。自縄自縛である事を知り得ぬ限り、その矛盾は乗り越えられない。それに気付けば自夢自眠であった事を知る。そして美を見るとは美としての対象と自分が二元ではなく一つだという事であり、二元的意識の有無に係わらず「美」は常に顕現しているのである。

　それを知ろうと知るまいと月光は枯葉の上に光を照らし、清流は岩間をほとばしる。無垢の美と名付けられる前の「無垢の美」を見る者は見よ。暮れ行く秋のタ闇の色合いの中に、行き交う雑踏の中の微笑む口元の上に、鳥の鳴き声が空気を切り裂いた後の静寂に、昔を思い出させる焚火の煙の匂いに…すべて、すべて、すべて、すべてが美を詠い体現している。人はただそれに気付きさえすれば良いのだ。そして気付かなくても又良いのだ。何という「美」だろう。

19871106-5　水面近くの視点から秋を見るのは素敵だ。水面を境に二倍の秋が風に揺れている。噴水の清潤な音。落葉を集める乾枯な音。岸辺の不思議。秋の暮れ。

吉祥寺百景（０８０）19871106