#717 こそあど言葉の４系列　

■１■日本語にはこそあど言葉とも呼ばれる指示語というものがある。これには４系列があり、コ系列を近称、ソ系列を中称、ア系列を遠称と呼ぶ場合もある。英語のthis、it、thatなどの指示語に近い。厳密にいえば英語でもthatが前述した内容を受けたり、thisが後述する内容を指したり、またitは少し用法が違ったりするが、それはこそあど言葉のソ系列がそのまま中距離を示すものではないなど、どちらにも言えることである。

■２■近い、遠い、その間くらいという空間的な用い方をするが、厳密に物理的な距離感ではなくむしろ心理的な遠近感に近い。またコ系列は自分に近いものを指し、ソ系列は相手に近いもの、ア系列は共に遠いものを指すという捉え方もある。ソ系列が無い言語は、相手を思いやらない自分中心の世界観だとも言えようか。厳密にいえばどちらもネイティブの者には自明でも、そうでない者には自在には使いこなし難いところがある。

■３■現世と来世、もしくは「この世」と「あの世」のあわいにある死後の世界を「その世」と表現している友人がいて、なかなかうまい表現をするものだと思ったものだ。しかし同時にこの世とあの世の対性に見合う、その世の対応するところはどの世だろうと思ったが、そのまま「どの世」という未確定のままの呼称でもいいだろうと考え直した。こそあどの「ど」だけが疑問形になっているように、４値論理の４値目はいつも捉え難い。

　　　
　　　

■４■このこそあど言葉の４値的関係と、先に見た１，２，３，４人称の関係とは同じ構造をしているわけではないので、強引に１つの比喩で括ることは愚かではあるが、正４面体の３点が作る平面からは残るもう１点は立ち上がって見えないし、平面の上に立っても、前方と左右方向は見えても、後方は見えないように、未確定の４人称と不定称のド系列は共に、それまでの１〜３を踏まえてもなお明確に認識できないものを指す。

■５■なお指示の体系は言語によって異なる。不定称を別枠として除いた場合、日本語のように指示語が３系列をなす言語は朝鮮語（?／イ・?／ク・?／チョ）があり、一方２系列をなすものには英語（this・that）や中国語（這・那）などがある。日本人の英語初学者が「これ・それ・あれ」に「this・it・that」を当てはめて考えることがあるが、厳密にいえば it は文脈指示の代名詞で系列が異なるため、混用はできない。

■６■助詞の「は」と「が」の差異には諸説あるが、大野晋の言うように「が」は未知を、「は」は既知なるものを表すと仮定すれば、「これ、それ、あれ」は可視にして既知のものを指す語なので「は」は付く。しかし不可視にして未知なド系列の指示語に既知の「は」をつけて「どれは、どこは、どちらは、どいつは」とは用いない。ただ未知の「が」を付けて「どれが、どこが、どちらが、どいつが」と疑問文の主語にすることはできる。