#604　「言」と「語」と「言言語語」　

■１■白川静によれば、「言」は「ゲン・ゴン・い(う)」と読み、動詞（いう）と名詞（ことば）の使い方がある。「語」は「ゴ・かた(る)」と読み、つくり部の「吾」は二重に組んだ大きな木の蓋の形である「五」を、祝詞を入れた器(口)の蓋として重ねた形で、呪能を失わせないように守ることを意味する。

■２■言は辛と口(さい)からなる字だ。辛とは入墨をする時に使う把手のある大きな針の形であり、口は中に祝詞を入れて神に祈り誓う時に用いる器である。言は単にものを言うという意味ではなく、もし誓いの言葉に偽りがある時は、この針で入墨の刑を受けますという心構えで、神に対して祈る言葉だった。

■３■和語の「いふ」の「い」は、「いき・いぶき」の「い」であり、先ず生命的なものであり、また「いみ・いむ」のように神聖に対するものだった。また「いのる・いわふ」のように神に対して祈り仕えることをいう。つまり和語の「いう」と漢字の「言」の本来的概念は完全に共通する意味を含んでいる。

　　　

■４■日本の古い時代には口にした言葉がそのまま現実化するという世界観があった。「ことだま」的な信仰は古代中国にも存在した。「言」とは神かけて神に祈ることであり、「語」とは呪詛的な祈りの効果を守ることである。つまり「言」は攻撃的な言葉であり、「語」はそれに対する防御的な方法である。

■５■二千九百年前の『詩経』大雅公劉の中には、古い儀式を「時に言言し、時に語語す」と歌った表現がある。「言葉をかけ合い、口戦さする」という意味だ。戦争の時も口上を伝えて応酬しあう。日本の戦記物にも、戦の前に名乗り口上を述べ合う。段取りとしてそれが済んでから、ようやく戦が開始する。

■６■「遠からんものは音に聞け、近くば寄って目にも見よ」(※2)という有名な口上があるが、当時も名乗りの間の攻撃は良しとされなかった。歌舞伎でも口上を宣べ見栄を切る間、他の者はじっと待っている。ヒーロー戦隊ものでも、悪の軍団がヒーローの口上が済むまで、お約束として行儀よく待っている。

　　　

■７■本来の「言言語語」は眼前の敵に対してだけでなく、神霊に対しても行われた。未知なる土地を旅していて、自分の守護霊が異なる新しい土地の神霊に接する時も、言葉を交わし意志疎通して了解を得る儀式があった。日本に限らず、古代文字全体を通して、「ことだま」は基本的概念であったのである。

■８■言葉というものは元々、集団生活をする中で相互の意志を疎通するために極めて自然に発生したと考えられている。従って本来感性的なものである。幸田露伴や江戸中期の国語学者鈴木朖(あきら)は、音が感情を持ち、言語発生論から言うと、ある種の音形はある種の意味を持つという議論をしている(※)。

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（※１）篆書体（てんしょたい）は漢字の書体の一種。広義には秦代より前に使用されていた書体全て。一般的には周末の金文を起源として、戦国時代に発達整理され、公式書体とされた小篆とそれに関係する書体を指す。
（※２）鎌倉時代の『平家物語』巻十一「弓流れ」の中にある口上。
（※３）前者は『音幻論』、後者は『雅語音声考』の中で論じている。白川静『桂東雑記�U』より。