父をなくした全ての人たちに

目を閉じて 振り向けば
いつも彼は そこにいた

誰のものでもない少年
誰にも似てはいない彼

「…ここでは時間が空間となる」

もの言えぬ猫のもの言いたげな目
もの言わぬ彼のもの言いたげな瞳

その巡りにはいつもいつも
光と光と光とが弾けている

掌には文字が刻まれている
右手には「神を求めよ」と
左手には「神を生きよ」と
彼は合掌して世界に向かう
その時、世界は彼であった

色あせた数葉の写真の上の
幸せそうな笑顔の少年の彼
撮り手の想いが泌み出てる
永遠に切り取られた時空の断面図

すでに存在しない父
彼はこの光の中でまだ結婚してはおらず
息子となるわたしの事を考えた事も無い

この時の光はどこへ行ってしまったのだろう
この幸せそうな青年はどこへ行ったのだろう
この時わたしはどこにいたのだろう
死んだらみんなどこに行くのだろう

「…私はいつもここにいるよ」

篭の中で猫が二匹
陰陽の印に包まり合って眠っている

喰う為に生きるのではなく
生きる為に喰うのでもなく
ただ喰い、ただ生きていくために
夢の中のうつつという生を編んで

父をなくした全ての人たちに
雪のそぼ降る静かな夜明け前
わたしは控えめにこう語ろう

「…ほら、わたしはあなたの父なのだ」