■１■子供が陽だまりの中で、指を折りながら数を数えている。良く伸びる高い声で歌うように数えている。ひとーつ、ふたーつ、みーっつ、よーっつ。数えられている数が、秋枯れの草原の光の中で恍惚として打ち震えている。逆光の中で揺れるススキの原の向こうに数はいる。水面を渡り来る風にさざめく波紋の中に数はいる｡世界のあらゆる奇跡と不思議とを､奇数と偶数とを､子供と共に数えて過ごしたい｡

■２■すべては数を数えることから始まった。原初の虚空の中に何者かが…もしくは何らかの力が関与して、この世界は爆発的に存在を展開した。その原初の深淵、虚空なる時空の向こうに問う。最初に数を生んだものは誰か？数を数えるとは、実のところ何をしているのだろう。それを探求することは、自らの歯に噛み付こうとするようなナンセンスなのだろうか｡もちろんそれでも止めるつもりはないけれど｡

■３■初めに数ありき。では数とは何か？数は神なりき。では神とは何か？超越するものを内部者は言及できない。知らぬことに関しては何も語るなとヴィトゲンシュタインは言う。しかし私はその超越したものを信頼し敬愛しつつ、漸近し、肩を並べ、それを超えていくという意識ベクトルを変えるつもりはない。数を数えるということは単なる意識的行為ではなく､無意識の内に数えている数もあるのである｡

　

■４■小学５年生の時、先生がクラス全員に眼を閉じさせ、頭の中で１分が経ったと思ったら目を開けなさいと言った。声を出さずに頭の中で60秒を数えさせたのだが、ほとんどの子が１分より早く目を開けた。子供の１秒は大人より早い。その中でただ１人ぴったりの子がいた。彼女はピアノを習っていて､絶対音感だけでなく､頭の中の絶対テンポでもメトロノームのように１分を<60>で刻む事が出来たのだ。

■５■時の刻み具合をメトロノームのように正確に変えるということも訓練によって可能となる。この絶対的リズム感は､意識した時にだけ稼働するものなのだろうか｡それとも普段から意識の外で様々なテンポの時を刻み続けているのだろうか｡眼前にある１〜４ほどの数を瞬時に把握する能力は別にして、数を数えるには時間を要する。様々にある内的時間の刻みに重ねて､意識的に数を数えているのだろうか｡

■６■インベーダーゲームが出始めの頃､名古屋撃ちと称するものがあった｡決まった数ごとに画面奥を横切るＵＦＯを撃墜すると高得点が得られるのだ。習得してくるうちに無意識に数を数えていている自分がいることに気がついた。かつて建物の窓の数や古代美術品の首輪の宝石の数など、視野の中で興味を引くものを構成している数を無意識に数えている自分を知った｡気がつくとすでにその数が分かるのだ｡

　

■７■ファインマンは本を読んだり他のことをしながら、頭の中で数を数えられることに気づいた。彼の場合は60まで数えるのに48秒だった。実際に数え終えた後、同時に読んでいた本のあらすじもちゃんと言えた。人間は脳の異なる部分に異なる仕事を分担させることができるのだ。ただ誰もがみな48秒掛るのではなく、そのように頭の中で数える時間には､個人的な差異や社会的に異なる固定値があるらしい｡

■８■数を数えることは意識的な操作だと考えやすいが、それは無意識とのあわいでも為されている。それはパルスのようにただ時を刻むのではなく、何らかの順序と量的積算のようなものを含むカウントだ。ただし無限に数え続けるわけにもいくまい。例えば10とか100とか360とかある臨界の数まで行ったら、日本庭園にある鹿威しのようにリセットがかかり､そしてまた数え始めるような機能もあるのだろう｡

■９■心拍数や脳波や細胞振動その他のミクロな周期から、日周･月周･年周やその分割や倍数サイクルなどのマクロな周期まで、生体の内外にはパラメーターになりうる様々な周期がある。そして私たちは意識と無意識の狭間で、他の行動をしながらも並列的かつ能動的に数を数えられるという事実だ｡さて､それにしても無意識と大きく括っている未知の領域近くで、コンスタントに数を数えているものは誰か？

　

■10■無意識の自分と表現していいのだろうか。無意識と表現している広大にして未知な領域において自分と他者の区別は明確につけられるのだろうか。数えているのは神なのか。神とは数えられている数なのか。数が数自身を数えているのだろうか｡それとも数えているのはやはり私自身だろうか｡意識的にも無意識にでもできる呼吸のように､それを為しているのは未だ私が意識できない未知なる私なのだろう｡

■11■そこで始めて｢それではこの１,２,３,４…と数えている数とは何だろう？｣という設問に取り掛かれるのだ。自分の中に刻まれている数に気づき、無意識の内にも様々なものを数えている自分に気づくということ。それもなく｢数こそが全てである｣などと言ってみても、それは単なる数の影への不明瞭な言明である。数えるということは生命と共にある。生命がなければ「数える」ということも「数」もない。

NUMBER 01-01:意識の内と外で数えている数