グレゴリオ暦２０９３年、遥か彼方から地球に異星人が来訪していた。この異星人たちはなぜかこの水っぽい惑星上に人間たちを見出すことはなかった。人類はすでに絶滅したのか、環境の激変のために他星へ移住したのか、はたまた異なる次元に集団で移行したのだろうか。異星人たちは、荒れ果てた都市の遺跡から１つの遺物を発見した。鉄や木や様々な弦のかたまりからなるこの遺物は「ピアノ−フォルテ」という名前だった。この異星人たちは人間のような聴覚器官を持ち合わせていなかったため、この謎の遺物が何に用いられたのかについて様々な考察を加えた。これが一体何に使われていたのかについて、多数の研究者が意見を述べた。そして最も有力な説は、このピアノというものはこの惑星の「暦」だったというものであった。

　『我々はこのキニチ・アハウ第３惑星の先在民がまだ生息していた当時の１公転周期を、３６５．２４２２地球日と算出した。また様々な暦があったことも文書解読チームの解析から明らかになった。このピアノ暦は白鍵７つで１つの繰り返しパターンを持ち、またそのパターン自体が７回繰り返されていることから、この惑星の暦システムの７日＝１週間＝１オクターブという周期の存在を表現しているものと考えられる。このピアノという遺物の白鍵は５２、黒鍵は３６で、全部で８８鍵である。この白鍵の数は１年３６５日を５２週（＋１日）に対応して認識するためのものであろう。また黒鍵の数は１０＝１旬＝１０進法という周期と関係があると考えられ、さらに占星術という別の暦体系の１２星座をさらに３区分ずつにしている３６のパターンとの関係も指摘された。』

　『また全部で８８あるキーボードはキニチ・アハウ第１惑星（水星）の公転周期８８日との関係が指摘されているほか、先在民の全天球に対する「星座」という部分認識のパータンが全部で８８あることとの関連も予見されている。しかし文書解読チームの若手からは、我々には知覚認識できない「音楽」というものが存在し、それはこの先在民たちの共通した精神構造の数的・幾何学的形態そのものではないかという意見発表もあった。先在民はこの惑星の１自転を２４分割して１時間と呼び、それを６０分割した１分、それをさらに６０分割した１秒という先験的計時単位系を持っており、この惑星の自転周期の１／８６４００を基本単位として、その間にどれだけの振動回数があるかをＨｚという単位で表していたことも明らかにされた。』

　『この暦楽器の内部には、先在民の用いていたであろう単位で約６＋１／２フィート（低振動部）から約２インチ（高振動部）まで様々な長さの弦が張り巡らされてある。このピアノではその弦が次のような具合で張られている。（１）合金の金属線を巻き付けた１本の弦が８本。（２）ユニゾンに合わせた２本１組の巻線の弦が５組。（３）ユニゾンに合わせた３本１組の巻線の弦が７組。（４）ユニゾンに合わせた３本１組の巻線でない弦が６８組。つまり全部で２４３本の弦で８８の音を出しているのである。ところでこの２４３本という弦の数は、このキニチ・アハウ第２惑星（金星）の逆回りの自転周期２４３日と等しい。この事実もまた「ピアノ・フォルテ＝暦」説のさらなる論拠である。』

　『それが実際にどのように知覚認識されていたかは分からないが、我々にはない先在民特有の「聴覚」というものが２０〜２００００Ｈｚの間でのみ稼動認識されていたらしい。海中には現在もクジラ・イルカ類が生息しているが、その生物たちの発する振動も２０〜２００００Ｈｚであることから、何らかのコミュニケーションもしくは情緒的交感があったものと考えられる。先在民もまた２０〜２００００Ｈｚの振動を発することができたのではないかという仮説もあるが、その脆弱な振動発声器官ではその帯域全体のカバーは不可能であっただろう。またその我々には未知なる「音楽」においての音の認識そのものの中に、先在民は何らかの幾何学的調和を体感していたであろうことが、その残された文献上の賛美から推測できる。しかしその知覚器官の周辺帯域の歪みをそのまま平面投影している先在民の世界認識は、我々の双方向対数螺旋の時空認識とは大きく異なっていると考えられるので、極端な推測は慎まねばならないだろう。』

　『なお先在民の言葉でチチェン・イツァのピラミッドという４角錘形巨石遺跡の４側面には、それぞれ９１の階段と５２のへこみが作られているが、これもやはり９１が４面で３６４日、そして最上部のテラスを合わせると３６５日という１年の暦であろうし、５２のへこみ部分は５２週を表しているのであろう。したがってこの遺跡及び各地に散見できる類似の巨石群は、我々が直接認識できない「音楽」というものを生み出す「楽器」であろうと類推できる。先在民たちの記述には巨石を音によって動かし、１夜にして巨大遺跡を創造したと古い記述にある。我々はピアノという「暦」同様、このピラミッドという名前の「楽器」の音色もまた、いかなるものであるかを直接知覚認識することはできないのである。』

　『ところでこのピアノという暦だが、この星の計測単位でだいたい２７．５０Ｈｚ〜４１８６．００Ｈｚの振動数を発していたらしい。我々はそれを見ることができないが、この白鍵黒鍵両方含めて低い方から４０番目のキーをｃ’という記号で表し、ドという文字に対応させていたようだ。その振動数は２６１．６３Ｈｚほどで、この惑星の公転周期３６５と共に頻出する２６０という周期に近い。またこの２７．５０Ｈｚという数値は、この惑星とその唯一の天然衛星である月との公転周期比２７．３２：１に近似している。おそらくこの星の有機生物たちはみな、この巨大衛星から多大な影響を被っていたことだろう。またこの振動数はこの星の暦と対数的に対応している構造があるものと思われる。というのはこの２６１．６３ＨｚのＣから３オクターブ上の振動数２０９３．０４Ｈｚが、我々がこの星を訪れた時空交点を先在民の用いていたグレゴリオ暦でいうところの２０９３年に対応しているからである。この共時性は先在民の精神構造の遺跡がこの惑星の空間構造を保持していたがためなのであろうか。今後の研究を待つ。』

　『なお１秒という計測単位の１／２４という時間長が、先在民の動きに対する視覚的分別認識の限界閾値であったものと考えられる。つまりこの惑星の１公転に対して、２４時間ｘ６０分＝１４４０分という細分化と、さらに６０秒ｘ２４コマ＝１４４０コマというホロニックな分割によって、彼らは自らの知覚認識の時間的最小単位を量子的に扱っていたものと推測される。この１４４０という数は、実は１２進法における一桁上の数１４４（＝１２ｘ１２）の、１０進法的なホロンの数でもある。この１４４０は当然のことながら、先在民における地球対応の２０進法の１バクトゥン＝１４４０００ともホロンだし、また５進法における１、２、３、４、５のそれぞれを２乗した数の積、つまり１ｘ４ｘ９ｘ１６ｘ２５＝１４４００ともホロンである。』

　『先在民がなぜ１０進法と１２進法を併用していたかについては分かっていない。先在民の物質的肉体の中心部から突出している５部分のうちの４つまでがさらに５つに分岐しており、残る１つには正面に５つの穴が空いている。このためペンターブシステムすなわち５進法が発達しても不思議ではなかったのだが、ここからは１０進法と２０進法の発達が確認されているに留まる。おそらく１２進法は先在民の空間認識が最大１２の方向に向けて成されていたものと思われる。ただしそのうちの３〜４方向だけがもっぱら発達しており、残る方向感覚は未発達であったと思われる痕跡が認められている。』

　『我々にとってほとんど馴染みのない１０進法だが、これを用いて１２進法をも表していた先在民の精神構造は、この銀河系でもかなり特異な有り様である。１２−６０進法ともいわれるこの数体系で、２及び３次元的世界記述に用いた「角度」というものが３６０度、もしくは１／２スピンで１サイクルの７２０度という数を用いたのは、この星の公転周期との近似からではないかという少数意見がある。しかしこの１〜９までの数の階乗をスキャンすることによって、その意見より強力な根拠が見て取れる。すなわち「１２進法の１０進法起源説」である。１！＝１、２！＝２、３！＝６である。この３次元的空間認識が３の階乗、つまり＜６＞で閉じているという先在民の記述と一致する。』

　『そして４！＝２４であるが、彼らはこの星の１日を前述した通り２４分割していた事実がある。そして５！＝１２０だが、３¹＋３²＋３³＋３⁴＝１２０であり、またその３倍が３６０であるのみならず、彼らの言う１２０の「約数」の和もまた３６０になるという事実。さらにはこの数で世界が閉じているという６の階乗（６！）は７２０で、３次元空間の表と裏の３６０ずつのスピンである。いわゆる先在民の言うところのスピン１／２と等価である。さらに最大の９！＝３６２８８０であるが、こちらの方がこの星の１年３６５．２４２２日と関連しているのではないだろうか。またこの数を（２×７＝）１４で割ると２５９２０となり、計算上のこの星の惑星歳差運動周期と一致することも、その考えを強化してくれるだろう。』

　『この先在民の精神構造そのものが、この星の周期を実際に形成していたという仮説に従うと、この謎の遺物「ピアノ−フォルテ」は、人間という先在民の精神構造の形そのものの物質化現象ということになる。私たちはさらなる数的・幾何学的一致を見出し、人間の本質的な精神構造とそれが形成している世界観との根本的な同型対応を発見すべく、精神考古学をより深く追求していくことにしよう。その結果この星の先在民がこの多重多次元宇宙のどこに向かって未知を進もうとし、そして消えていったかが解明できるに違いない。ヒントはおそらくこのピアノ・フォルテを、秩序あるずれで全体と個々を高次調和させた次元方向に立ち上げかけた「平均律」という調律法の先にあるはずだ。』

　『この惑星の先在民の外的空間認識は、３軸直交の６方向とそれが作る８つの象現の和１４からなり、１４個の陽子を持つケイ素に対応し、ベクトル平衡体に象徴される。また内的空間認識は１２の方向と２０の象現の和３２からなり、３２個の陽子を持つゲルマニウムに対応し、フラーレンに象徴される。なお先在民はこの切頭２０面体の形状をした球体を、通常は移動に使用する二肢を使った疑似戦争に熱狂している様子と記録が各所に残されている。この外面の１３と内面の３１、およびそれをバランスよく反転連結させる自己界面（１）の総和４５は、先在民の用いていた１０進法の基数の総和（１＋２＋３＋４＋５＋６＋７＋８＋９＝４５）として表われている。なおさらなる自己と世界という鏡面対応は１〜１０までの総和（１＋２＋３＋４＋５＋６＋７＋８＋９＋１０＝５５）との合計数１００として見て取ることができる…』

　これらの異星人考古学者らの研究とリポートは、現在の私たちから見れば勘違いもはなはだしい部分が少なくないように思われる。しかし実際のところまったく知覚認識形態の異なるこの者たちのピアノ−フォルテを暦と見、巨石遺跡を楽器と捉える類推と理解は間違いなのだろうか。私たちが私たち自身とは世界観が異なる先在民の遺跡や先行文明を発見した場合、はたして正しい理解が可能なのだろうか。…グレゴリオ暦２０９３年。ひょっとしてこの異星人には知覚認識できないだけでなく、私たち人間の方もこの存在たちとは交差しないまま、まだ地上にいて相変わらず生活しているのではないだろうか。