#055 ちょっとばかし未来の方向を探る(5)

　　　　　　　　　　　　引き算からも進化は生じる

■１■売上や知識が絶えず増加しゆく右肩上がりの成長が、個人や社会の進歩や幸福に直結すると考える発想は少数派だろう。これまで生物進化とは、様々な要因による新しい遺伝子の獲得によってなされてきたと考えられてきた。だが遺伝子の欠落によっても進化はなされ得るという魅力的な研究も存在する。

■２■チンパンジーとヒトではタンパク質を作る指令のゲノムの99％が、そして遺伝子をオン・オフするスイッチが詰まっている領域（昔のジャンクＤＮＡ）でも96％が同じである。近年のゲノム解析では、チンパンジーその他の哺乳類にあってヒトでは失われているＤＮＡ配列が 500か所以上見つかっている。

■３■フィラデルフィア・オステオパシー医科大学の准教授Ｐ.Ｌ.レノたちは、これらＤＮＡの欠失が人間の進化を導いたと考えてる。例えば他の哺乳類たちにはある、発達する脳の決まった部位で活性化する遺伝子が人間では欠落している。この結果人間の脳はチンパンジーよりはるかに大きく成長していく。

■４■またチンパンジーその他には存在していた、足の指の発達に関する遺伝子をオンにするスイッチが、人間ではなくなっている。その結果として人間の第２指から第５指までが類人猿やマウスより短くなり、直立２足歩行に向いた形を作る。結果的に巨大な脳と二足歩行という人間的特徴に結びついている。

■５■猫好きの多くは、猫の交尾が一瞬で終わることを知っているだろう。人間にはさらに男性特有の形質の発達を促すアンドロゲン受容体のオンスイッチも人間では失われている。スイッチがオンになると、触覚のあるヒゲや陰茎棘、つまりおちんちんのトゲが形成される。人間にはこの触毛や陰茎棘はない。

■６■この陰茎棘は霊長類や齧歯類など、多くの哺乳類に見られる。刺激を強めたり、排卵を誘発したり、他のオスの精子を除去したり、膣壁を傷つけて他のオスとの交尾を妨げたりと、形も役目も様々である。結果としてチンパンジーの交尾は10秒足らずだ。実験ではこのトゲを除くと交尾時間は1.7倍伸びる。

■７■もちろん交尾時間の話だけではない。ヒトの性交のスタイルを変え、男女の身体的外見を変え、それぞれの関係性を深め、また子育ての方法も変わったのだ。子育てをチンパンジーのようにメス任せでなく、かなり誠実な夫婦関係を築き、離乳後も長く過ごすことで教育や社会的協調も構築されただろう。

■８■ヒトに陰茎棘がなくて良かったと言うだけでは取れるのは笑いくらいだが、使い道のない財産や知識、硬直して未来を阻む常識や取り決めなども、精査整頓して不要なものたちを放逐する引き算からも、明るい未来やより優しい社会への道を見出す可能性はあるだろうという、比喩の方向で話を抜けたい。

（※）別冊日経サイエンス『人体の不思議』を参考にしました。

2018.02.28 Wednesday

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