頭の中も部屋の中と同様に普段からこまめに掃除し、整理整頓し、換気すべきだ。さもなければ不要な記憶に頭を打つけたり、古臭い衝動に足をすくわれたり、形を成さなかった観念の断片濃度が高くなって毒ガスの様に息詰まらせてしてしまう。頭だけでなく生命そのものも、自己浄化作用と自己組織化をしている。それを妨げる思考の欠片や感情の残り香を極力残さぬ事。

（３７）スズメバチ

　昼間机に向かっていると、サッシ戸の透き間からでかいスズメバチが入って来た。その重い羽音が恐怖感を感じさせた。刺されたらショック死する事もあると２〜３日前に本で読んだばかりだったので、「おいおい…」と独り言を言いつつ、心の中に焦って不安がらなくてはとする部分と、ひとごとのように落ち着き払って「大丈夫だって。万が一刺されても、その時考えれば良いじゃないか」と醒めた部分があって、交互にもしくは重なって頭を占めていた。

　まあ落ち着け、不安がるなと自分に強いる自分。そしてどこかこのちょっとしたハプニングを、楽しんですらいるところのある自分。ゆっくり立って窓を大きく開ける。スズメバチは天井や壁に頭を打つけて、なかなか出口を見出せない。ライトか何かにぶつかって私の近くに下りてくる。

　その時私は台所に逃げて、そこに入って来ないように戸を閉める事もできた。しかしハチはいつ出て行くか分からない。安直な退避は現実からの逃避でも有りうる(ただしそれを否定はしないが)。私は観念して(最初からしている部分と観念でき切らない部分の折衷案として、そのつもりになって)、努めて背筋を伸ばしあぐらをかいた。心は穏やかとは言い難いが、絶対なんでもないってという感があって、パニックには成りえなかった。それでも恐怖心を押さえ込み制圧しよう、解消しようと強いていた心が、ただ恐怖感を無視したり否定して払拭しようとするものではなく、それはそれだ、それで良いのだと思った時、なぜかスズメバチは窓の透き間を見つけ出して、そこからすっと出て行った。別にただそれだけの事だ。それにしてもでかいスズメバチだった。