《５》バースディーパーティー

　リーコちゃんがオーブンから大きなスポンジケーキを取り出して、アサリちゃんにクリームを塗ってデコレートしてと言っている。どうもここで私の誕生日のお祝いをしてくれるようだ。そういえばメエミさんと子供達もまた夜にやってくると言っていたっけ。そんな風に考えている間に、料理が次々と出来上がっていく。私も何か手伝わなければと思い、ストーブの上の料理が焦げ付かないように、かき回したりしてみる。しかし何やら邪魔をしてしまわないようにと庭に出た。

　暗くなり始めた縁側の隅にヒロミちゃんが座っているのが見える。瞑想をしているのかなとよく見ると、口元に赤い明かりが膨らんだ。タバコをふかしていたのだ。明日から群馬県の前橋で、宮沢賢治の学校の教員養成コースに参加するため、タバコの吸い収めだとか。
　聞けば彼女は現在杉並区の西荻窪にすんでいるという。西荻窪といえば、マンガ家の矢野健太郎氏もいて、隣の吉祥寺からよく手伝いに通ったなじみの町だ。いつも思うのだが、そもそも町中ではすれちがっていても他人なのに、旅先で出会って親しくなる近所の住人というのも、不思議なことだがよくある話だ。

　そうこうしているうちに、ベノアも戻って来たし、そのほかの人も三々五々集まって来た。ムラさんの一家はもちろんだが、ムラさんの元で仕事をしている人達とその家族も、それぞれ手料理と酒や飲み物を持って来てくれたので、パーティーはとてもにぎやかなものになった。ムラさんのところの子供達は一人一人、手作りのものをきれいな紙に包んでプレゼントしてくれた。みんな優しく気さくな人達だった。
　いろいろな事にかこつけてパーティーを楽しんでいるんだよ、と冗談めかして言うけれど、もう何年も誕生日をこのような形で祝ってもらった事がないので嬉しかった。お約束のハッピーバースデーの歌とロウソクの吹き消しが終わると、いろいろな物が入ったお好み焼きを、ストーブの上に据え付けた鉄板で焼き始めた。

　この家にはインドの様々な太鼓や打楽器、それと長い竹で作ったアボリジニの吹奏楽器があったのだが、今夜の客もいろいろな楽器を持って来ていて、出揃った料理を一通り食べ終わると、誰が始めるともなく楽器の演奏が始まった。ある時は２〜３人で、またある時はもっと多数で、気ままに太鼓をたたいたり、歌ったり踊ったり。夜も深まるに従ってそのノリは一種異様なまでに盛り上がっていった。
　誰かが外の月が凄いと言ったので、庭に出てみると、おととい満月だった月はわずかだけ下限になりながら、雲のそばで煌々と輝いていた。遠くに聞こえる車の音とは別に、周りから夜の山の音が聞こえている。自然の中の夜の闇は暗いが、それでも目が慣れると月明かりでかなりの物がよく見える。玄関先でリーコちゃんとベノアが並んで座り、黙って月を見ていた。中ではまだロンドの様に演奏と歌が続いている。

11(スペクトル)の月16日／ＫＩＮ２４　　黄色いスペクトルの種／Ｇ暦５月17日　or 19950517