今日は白水村にある白川水源という場所に、野中ハウスの夫婦に車で連れて行ってもらった。阿蘇は水の豊かなところだ。そのこんこんと湧き出ている透き通った水面。水量豊かに流れ出る川の中を見詰めていると、水はまさに生命を育む源であるという実感が、その美しさと共に心に染み入るように伝わって来る。
　心なしか水面が明るくなった気がして空を仰ぎ見ると、さっきまでの細かい雨がいつしか途切れていた。阿蘇の澄んだ空気と透き通った水とを貫く光を目の当たりにしてしばしぼうっとしていたが、ふと横を見るとユーホと手をつないだまま、Ｃちゃんもじっと水面を見ていた。この水の美しさと神秘性をどのように感じているのだろうと思って、私は静かに口を開いた。

「ねえ、水の屈折率、つまり光が水の中に入るとどれだけ曲がって直進するかって比率だけど、いくつか知ってる？」
「いくつなの？」
「1.333･･･。でね、大気と水との相対屈折率を考えてみるとそれは３対４なんだ。この３対４を273に当てはめて考えてみると、253対364＝３対４である事が分かるよね。」
「はー、そうなんだー。」
「ちなみにこの世界暦といわれる１年の日数364日（つまり７日×52週）と１千と１日との比はいくつだ？」
「電卓貸して」

　電卓そのものに興味があるので、横からキーに手を出すユーホに邪魔されながらも答を出すと、Ｃちゃんはちょっと驚いたような顔をした。そして電卓を返しながら言った。「わかったよ。えーとね、273：364：1001＝３：４：11。」 ユーホが「ユーホもーっ、ユーホもするー」と手を伸ばすので、電卓を与えながら私は話を続けた。

「ところで人間の耳の中の内耳には、音を対数的に知覚処理する蝸牛管という器官があるよね。この器官の蝸牛のような巻きは2.73すなわち２と３／４､もしくは１１／４ なんだ｡」
「1001／364とも同じであるって事だね。」
「さらに付け加えれば、88あるピアノの鍵盤のうちの１番低い音、つまり一番左の端のキーの周波数は27.3ヘルツ、つまり１秒間に27,5回振動するんだ。」
「ふーん･･･､そうなんだー」

　生返事をすると、Ｃちゃんは何かを思い出したのか、また水面を見ながら物思いに耽り始めた。ユーホは自分で作った不思議な節回しの歌を歌いながら、電卓をメチャクチャにたたいている。私も湧き出る水を黙って見つめる事にした。また霧のような小雨が音もなく降りて来始めていた。煙るような阿蘇の山々。

　その日の夕方は、はじめクンが頼まれていた犬の散歩に付き合ってから、みんなで垂玉温泉に行くことになった。車で地獄温泉に行く途中に、そう大きくない露天風呂が谷間に掛かるようにあったのを記憶していたが、それが垂玉温泉だった。垂玉温泉旅館のもので、道を挟んで離れたところにあるのだが、６時を過ぎると係の者も入り口の受付を止めて戻ってしまうのか、そこには既に誰もいなかった｡
　車を旅館の駐車場に止め、バスタオルなどここのところ必携品になっている温泉セットを持って、みんなで静かに入った。こじんまりしているが石作りがしっかりしていて、入って左手が崖、右手に谷という感じのいい露天風呂だ。 ちょっと熱めのお湯も寒い大気の中では心地よく、のぼせてしまったら谷間を見下ろせるベンチに腰掛けて景色を見ながら涼むのもよい。打たせ湯がまた気持ちよい。
　それにしても人間はなんとお湯と、そして水とよく馴染むのだろう。一日の内の４分の１、一生の４分の１は温泉に浸かっていても生きていけると思っている私は、やはり少し異常なのかもしれないけれど。

　７(共振)の月13日／ＫＩＮ１６９　　赤い宇宙の月／Ｇ暦１月22日 　or 19950122