Ｋ氏と共に午前中の初銭湯に入る。三鷹台にあるその銭湯は温泉ではないけれど、庭先にも露天風呂の形で湯船が作られているので、私は結構気に入っている。日本人の多くは温泉好きだというけれど、私も温泉に関してはコテコテの日本人だ。ああ、温泉につかりたいものだ。
　それにしても井の頭のアパートを畳んでアクティブ・ホームレスを開始する時は、もうほとんど吉祥寺まで来る事もあるまいと思っていた。ましてや先達とも言える詩人のＫ氏がアクティブ・ホームレスを終えるにあたって、まるで入れ替わるかのように吉祥寺に住み着くとは考えもしなかった。あまつさえ自分自身が正月からここギャルリ・ウィに泊まり込んで長居をするとは思いもよらなかった。
　このギャルリは１月は冬期休暇に入るそうだが、その後の２〜３月には「マイクロスコピウム」上映及び私自身の『数の個展〜数と水展』などで、私はここにずっと詰めなくてはならなくなりそうな気配だ。

　私は人の出入りの絶えないギャルリ・ウィの活発なエネルギーを避けて、井の頭公園を散歩することにした。ボートにのって日向ぼっこでもしようと思ったが、ボート乗り場は閉まっていた。しかたがないので、私はベンチに座って噴水が作る水面の波紋干渉パターンを眺めながら考え始めていた。

　Ｋ氏のところのポンコツＴＶで、現在の世界の総人口は56億人余りであると発表していたニュースを見た。釈迦滅後56６億７千万年の後に、兜卒天からこの世に下降して、釈尊の救いに洩れた衆生救済のために竜華三会の説法をするという弥勒菩薩。地球上に56億７千万人の人間が同時に生きていて、リニアルな時間軸の縦方向にではなく、その者たちそれぞれの１年の総体が、それに垂直な平面方向に広がる56億７千万年としてシンクロしたら、弥勒菩薩が現れたりはしないのだろうか。

　ミロク････369＝365＋４だ。最もそれをただの数遊びだと言うのなら、666６もミロクであるが。そしてそれと対をなす365−４＝361はマヤで嵐を表す19という数字の２乗である。361と言えば、碁盤の目の数でもある。あの盤上の線は縦横それぞれ19本ずつあり、碁石を置く交点が３６１。碁石の数も黒石が181個、白石が180個で全部で３６１個だ｡
　囲碁といえば将棋も欠かすわけにはいくまい。将棋の方は将棋盤のマス目の数は９の２乗の81だ。つまり縦横それぞれ９こずつあるのだ。前者は1度死んだ石はもう使えないが、後者は再度自分の持ち駒として使うことができる。どちらも人間の1対1のゲームとしては、それに全人生をかけることが出来るほど複雑で奥深いものだが、そのゲームステージである盤面が、一方は20進法最大の数19の２乗であり、もう一方は10進法最大の数９の２乗だ。

　こんなところにも人間の精神構造そのものと関係していそうな、何か深いものを感じはしないだろうか。「チェスは８Ｘ８の64コマだし、マージャンは136枚じゃん。そんなの偶然だよ、偶然。」と簡単に言い放つ者もいるだろう。私は決して数の神秘性にすべてを還元してしまう数秘術には妥協しないつもりだが、すべては偶然であるとする安直な考え方にも肯首するつもりはない。
　チェスは８Ｘ８の64はＤＮＡコドンの数だし、易経の64の卦の総数でもある。マージャンには136枚のパイのほかにバリエーションを作るための花パイというものがある。春夏秋冬それぞれ2枚ずつで８枚。これらも加えると144枚で、12の２乗となることが分かる。12は言うまでもなく人間の10進法と共に数理の世界を構築している12進法を連想させてくれる。

　超常現象と呼ばれる尋常ならざる現象がある。超能力、宇宙人、霊、輪廻転生、ＵＭＡ、異種間コミュニケーション、パワーストーン、未知のーエネルギー、超古代文明、未来テレパシー、新しい宇宙論、言霊、人の音によるヒーリングなどなど････。それらと現代科学とは矛盾しない。矛盾しているのは矛盾していると見る者の頭の中の方だ。残念ながらそれらのうちのたった一つに入れこんで、それで世界をすべて語ろうとする人もいる一方、科学的に実証されていないものは一切語るに値せずと切り捨てるドグマティックな人もいる。超常現象と現代科学との界面を、どちらにも偏りすぎる事なく、非科学的ではなく未科学的にフィールドワークしゆく事の重要性と難しさ。

　超能力に憧れたり、憑り付かれたように超常現象を追い求める者がいる。しかし本当の超能力とは目の前にいる一人の親しい人の顔の表情や言葉の微妙な響きから、その人の総体を瞬時に理解する事ではないだろうか？はにかんだ笑顔に共感して、同一化できる事ではないだろうか？
　自分の手が自分の思いどおりに繊細かつ大胆自在に動くという事実は、とてつもない真の超常現象ではないだろうか？思いがそのまま言葉になって口を付いて発音され、また相手の言葉を瞬時に理解する事自体、素晴らしい超常現象ではないだろうか？ 人間そのものが最大のオーパーツではなかろうか。

　その時々の感情や自我保全などで、たいがいの場合見えるもの聞こえるもの、匂いや味すら変容させて知覚している。触覚でもそれは著しい。例えば満員電車の中で背中に触れているのが美しい異性だと思っていた時は心地よかった体温が、だらしなさそうな肉体を抱える同性だと知った時の、心地よかった触覚の残響と新しい不快感のギャップ。
　不安になればなるほど好きな相手の表情が読めなくなってしまう。緊張すればするほど動作に失敗の要素が忍び込んできてしてしまう。相手の表情から相手の真意を読み取り、自分の体を自在に使い、真実の言葉を吐く事ができる時、すでに普通に言う超能力や超常現象というものは、皆目見当のつかない謎ではなくなるのではないだろうか？もしくはその超能力や超常現象という言葉自体、意味のないものになってしまうのではないだろうか？

　なにも宇宙の果てまで行かなくても、永遠の時間の向こうまで行かなくても、秘密はすぐ近くに、秘密でもなんでもなく存在しているのではなかろうか？本当にイルカとテレパシー通信できると主張するが、隣の人の哀しげな心持ちを分からないはずがない。石を大切にする者が人を大切にできないわけがない。植物と語れる者が親と感情的にこじれたままであり続けるのはどこかおかしい。
　したり顔でこんな言う人もいるかもしれない。「それは原因と結果の履き違えで、人間とうまくコミュニケートできないからイルカや植物たちと交信できるのであり、人間に大切にされないから石を大切にするのだ。満ちたる者は外の世界に代償行為を求めはしないだろう？」
　しかしそれでは社会に適応するのが苦手な者や、幼児期の尋常でない体験を持つ人だけが通常世界を越えたところにいたるという言い方ではないだろうか。確かにそのような人も存在する。しかし現実の世界を立派に生ききり、そこからさらに外へ向かう人達によって開かれる世界にこそ、私たちの求める未知があるのであって、私達の未来は阻害されて閉じた世界のそのさらに奥にある矮小な超能力や超常現象の延長線上に存在するのではない。

　「すぐそばにいてくれる人が宇宙で一番遠い存在だ」などと衒学的にうそぶいてご満悦の者は、その最も遠いところのさらに反転した裏向こうにいる自分自身が何者なのか分かろうはずがない。超能力者や超常現象というものは、実はそれに憧れる者や追い求める者のすぐそばに存在するのだ。まったくもって通常通りのありていで。
　それでもやはり知りたいと言うのなら、バランスよく穏やかに淡々と生きている人や、まったくもって月並みな現象をこそチェックしたらいいのではないだろうか。いやこれは決して皮肉やあてこすりではなく、本当の意味でのことなのだけれど。

　ひとりで勝手に熱くなって思い巡らしている脳みそを冷やすかのように、あたりの温度が下がってきたのに気が付いた。傾いていた日が翳ってしまったのだった。せっかく昼前に初銭湯で温まったというのに、私の体にはもはやそのぬくもりが跡形もなくなってしまっていた。こんな時はやはり温泉につかって、体の芯までじっくり温まりたいものだ。
　そうだ、今月の中旬頃にはまた九州を訪れて、阿蘇のハジメ君のところで温泉めぐりをさせてもらうことにしよう。銭洗い弁天に続く木立越しに、小鳥たちがせわしく鳴き交わしながらねぐらに帰っていく。さてでは私も今夜のねぐらに帰ることにしよう。
　

　　　 ６(律動)の月21日／ＫＩＮ１４９　　赤い律動の月／Ｇ暦１月２日　or 19950102