今回同じ船で来た仲間は、イルカ・クジラ及び水生哺乳類に関する専門の機関紙『ドサーズライフ』（DOSerはDolfin Ocean Swimmersの略）の関係者が多かった。そこの編集長であるクワピー、発行者のマリンさん、『LET'S SWIM WITH DOLFIN〜イルカと泳ごう』の執筆者のバショーマツさんなど多々いるが、毛並みの変わったところでは、カリブのイルカ人間ディーン・バーナル氏がいた。
　彼はカリブ海のタークス・アンド・カイコス島で、イルカのＪＯＪＯと出会い、生物種を超えて相互に心底信頼しあうという特別な関係を築き上げた人だ。小笠原の野生のイルカともぜひ一緒に泳ぎたいという希望が、ドサーズライフの招待という形で叶い、今回初来日したものだ。

　ディーンとＴＶクルー及び通訳やゲストなども含めた一行は、ＲＡＯのすぐそばのホテル「ビーチコマ」に宿泊していた。人の良い気さくなアメリカンである彼は、顔見知りになった人にはいつも満面の笑顔で話しかけてくるので、私もついいろいろな話をして随分と楽しい時間を過ごさせてもらった。
　ディーンはフルーツが好きなベジタリアンで、朝早く起きるとまず２〜３キロ泳ぎ、町まで車で15分程の道程を走って往復してから、ようやく起きてきたみんなと朝食につく。その後ＴＶクルーも引き連れて、海のターザンことノリくんと共にＲＡＯのゾーディアック号で島のあちこちに出発する。野生のイルカと出会えば一緒に泳いだりするのだが、ビッグフィンでイルカと同じように泳ぐので、水中収録したものをモニター画面で見ても、どれがイルカでどれがディーンか分からないシーンもあったりした。
　彼は明らかに自分の時間を生きていた。

　イルカやクジラのブームも一段落したようだが、このブームのうわっぺらだけに乗った人達のお陰でイルカ・クジラに随分とひどい結果が生じた。そしてその一番の責任者はテルカやクジラの生態や知性の素晴らしさを紹介した者たちであるというパラドキシカルな現状。今や心ある者たちは、そっとしておくのが彼らにとって最良の方法であると知っている。
　私も本来なら黙すべきなのだろうが、それでもやはり小笠原と言うからには、クジラ・イルカについてはほんの少しだけ語らねばなるまい。少なくとも「あの可愛いイルカを自分の家のプールで飼って、気が向いた時に一緒に泳ぐのは素敵だろうなあ」などと想像する者に対し、その発想は根本的に違うのではないだろうかと言わずにはいられない。

　数年前、最初に遭遇した時の感じを一言でいってしまえば、ザトウクジラはその神々しさに打たれて両手を合わせて拝んでしまい、イルカはその懐かしい優しさに打たれて涙腺全開で満面笑み、というところだろうか。
　目の前でザトウクジラのブリーチングを見る事や、自然のイルカと共に遊び泳ぐという事が、どれだけ豊かな経験かはやはりやってみた者にしか分からない。自動販売機の中にお金を入れれば商品が出てくるのと同じ発想で、これだけのお金と時間をかけたのだから必ず野生のイルカと遊べるはずだ、という考え方は自然を相手には通用しない。コンビニエンスストアーに行ってお米や野菜は買えるが、自然は売っていない。
　人間の経済概念はイルカには通用しない。しかしながら実際のところ、イルカと遭遇のチャンスを得るのにも、お金が要るというのもこれまた事実だ。

　イルカ世界にはお金がない。心の交流がある。イルカ世界には家がない。海洋すべてが居住空間だ。イルカ世界には財産もない。健康第一。衣服もない。その時遊べるアイテムがあればいい。食事はほんのわずかな時間だけトビウオ・マグロ・タカベなどの魚を食べるのに割けば良い。あとはすべて自分の時間だ。およそアクティブ・ホームレスとして提示した問題であるお金、家、財産、仕事、食べ物などはみなクリアーしている。それらがみな人間社会の問題に過ぎない事を改めて痛感する。
　もちろん人間はイルカではない。しかしイルカの生活は、自分自身と人間を見直す強力な鏡になりうる。人間がみな衣食足りて、好きなだけ自由な時間が持てるようになったら、イルカのようにリラックスして明るく優しくなれるのだろうか。生きている事そのものが幸せであると感じるのだろうか？

　一緒にオガ丸で来たグループの中に、ゾーディアック号に３回続けて乗ったのに、１度もイルカと遭遇できなかった人がいた。彼は業を煮やして４日目は別の所の船に乗ったが、やはりイルカに出会えなかった。一方ゾーディアック号の乗客は、その日は憑きものが取れたかのように、たくさんのイルカと出会い一緒に泳ぎ遊んだ。そのようなノリの人もいる。
　イルカに会いたい、会わねばならない、とピリピリしているとイルカは不思議と現れない。むしろリラックスして遊んだり、船の上で昼寝をしていたりする方が良い。イルカは女の子の笑い声や子供のはしゃぎ声を好む。喚声や手拍子も好きのようだ。分析的思考の男や暗いネガティヴな感情は好かれず、直観的で無心な女や明るくポジティヴな感覚が好かれるようだ。どう考えてもイルカは、未来の人間と重なってくる。現在をただ楽しんでいるだけのようなイルカなのに。

　　　　　 13(宇宙)の月１日／ＫＩＮ２２０　　黄色い水晶の太陽／Ｇ暦６月２７日 or 19940627