 （５７５）シンクロニシティ８８
《Ｃ》
１９９４年９月１９日、新宿。私は今しがた楽器屋さんの店頭で数えたピアノのキーボードがなぜ８８鍵なのかと考えながら、電卓を片手に歩いていた。新宿のホテルセンチュリーハイアットの角を曲がると、２人の女子高校生が目の前で声高に話しながら歩いている。私は何かが起こるような予感がして、ついその話に聞き耳を立てた。
「ナナのおばーちゃんって８月８日生まれなの？それって何かすごいねー。」
「なんでよー？」
「だってナナって７月７日生まれなんでしょ？おばーちゃんって、じゃあババとかって名前だったりして。」
「別に。しづって普通の名前だよ。」
「で、そのおばーちゃんに会いに行くわけ？」
「うん。米寿のお祝いなんだってさ。」
「ベージュって、あれでしょ、ほれなんだっけ、８８歳のお祝い？」
「お米って八十八って書くから米寿････」
その瞬間、私は頭頂部にビリリッと何かが走るのを感じて立ち止まった。そこの住所表示版を見ると、西新宿８丁目８番だった。私の思考はこの８８という数のシンクロニシティにぐいぐい引っ張っていかれた。
《Ｃ＃》
私はいつもの癖で、まず空を見上げながら考えた。天体の運行で最初に連想されるのは、水星の公転周期が８８日であるという事だ。ついでに全天を見渡せば、星座は全部で８８。種蒔きに適しているという八十八夜は、立春から８８日目である。女の子たちが言っていた、長寿を祝う米寿は８８歳だ。
ちなみに私が敬愛するバックミンスター・フラーの享年は８８歳直前だった。世界最高峰といわれるエベレスト山、中国風に呼べばチョモランマの標高が、１９９４年の計測では８８４６・２７メートルだった事はまあ置いておくとして、キュリー夫人が放射能の研究をしたのは、原子番号８８のＲａ:ラジウムであった。
 
《Ｄ》
２５０年程前に生み出され、１５０年程前にほぼ現在の形になった、鉄と木の塊であるピアノという楽器には、響盤いっぱいに２４３本の弦（※１）がはりめぐらされている。ピアノは平均率で調律されるようになって久しいのだが、この楽器には完璧な調律があり得ない。ピアノの調律師はその事を熟知しており、いかにまんべんなく調子っぱずれにして、音同士の折り合いと帳尻合わせをするかという仕事に、いつも哲学的ともいえる態度で臨んでいる。ほとんどのピアニストにとっても、ピアノそのものはブラックボックスであるという事はあまり知られていない事実だ。
さてそのピアノの調律は、左から数えて49番目の鍵盤Ａを４４０ヘルツ（若しくはピアニストの要請により、それよりわずかに振動数を上げて）として、そこから順次全体の音程を決めていく。ヘルツとは１秒間に何回振動するかという振動周波数の単位であるが、ＮＨＫがオンエアしている、ポ・ポ・ポ・ポーンという時報音のうち、最初の３回はそのＡの音高の４４０ヘルツで、最後の音はその倍音８８０ヘルツ（※２）である。鍵盤でいえば、オクターヴ上のＡである。
《Ｄ♯》
ところでこの基音のＡは、私たちが小学校で最初に学ぶハ長調のラに相当する音高である。そしてト音記号のついた５線譜の一段下に、土星のように描かれるドの音は、ピアノの左から数えて４０番目の鍵盤から発せられる。ここで特筆したいのは、そのドの音の振動数が、２６１・６３ヘルツであるという事だ。
すなわち１秒間にメソアメリカの神聖暦ツォルキンの数である２６０（※３）に非常に近い回数だけ振動する音を、まさに意識せずに音楽教育の最初から聞かされているというわけだ。頭の中で意識的にそれを数えるわけにはいかないが、まさにその振動数を耳で、そして体で（もしくは右脳的認識で）知っているのだ。
《Ｅ》
「楽器の女王」といわれる現代ピアノの鍵盤は、白鍵が５２、黒鍵が３６で合わせて８８のキーボードがある。それは７オクターヴと３音で、一番左のキーは振動周波数が２７・５０ヘルツ（※４）のＡ（もしくはラ）であり、一番右のキーは同じく４１８６・００ヘルツのＣ（もしくはド）だ。
ピアノの鍵盤においては、どの音の振動数もすぐ下の音の振動数に２の１２乗根、つまり約１・０５９４６３１（※５）を掛けた値になっている。
そして一つのオクターヴも倍音を入れなければ７つの音からなっている。この７オクターヴ及び７音を順次、白鍵に対応させて響かせてみよう。当然不協和音も発するだろうが、１つの白鍵に７を対応させて、これを７日すなわち１週間と見越す事ができる。そうすると全部で５２ある白鍵で７日×５２週＝３６４日に対応するドリームスペル暦と同型対応が可能である。もしくは最後の１日は無音もしくは全部のキーボードを弾くと考えれば、１年３６５日と同型対応させる事ができるのだ。
《Ｅ♯》
また１オクターヴに５音ある黒鍵を、５２ある白鍵の１つ１つに同様に対応させると、今度は５×５２＝２６０ＫＩＮに対応するマヤの神聖暦ツォルキンと同型対応視する事ができる。この事からドリームスペル暦とツォルキンは７対５の比率である事が分かる。また１週間の内ウィークディ５日間をツォルキンに、そして１週間全部をドリームスペル暦で生きるという、現代生活への暦の取り入れ方もその気になればできてしまう。
たとえば１週間のうち５日を地球や世界と自分との関係を構築するために生き、残る２日を自分の内面を進化方向に調整するために用いる、というような新しい週休２日制を内包した地球人としての７日間の使い方は、マヤ暦を逸脱しているのか、それとも整合しているのだろうか？
白鍵が５２というのは、１年が５２週＋１日であるから、すぐに同型対応視できるが、一方の黒鍵３６の方はどういう見方ができるだろう？１２カ月をそれぞれ上旬・中旬・下旬にわけて１年を３６旬と見たり、占星術で１２の星座もしくは室をさらに３分割し３６室分として占う方法がある。
 
《Ｆ》
それにしてもなぜピアノは８８音なのだろう。人間の可聴帯域は約二十ヘルツ〜二万ヘルツに収まっている。そしてピアノの帯域は、人間の音楽的許容帯域でもある２７．５０ヘルツのＡ〜４１８６．００ヘルツのＣである。
さらに肉声における通常の音楽的声域ではその内の左端から１２番目の白鍵（82.41HzのＥ）から、右端から１２番目の白鍵（1396HzのＦ）の間の３０の白鍵、４オクターブと１音に過ぎない。それ以下の振動数は唸り声としか聞こえないし、それ以上の振動数は金切り声に過ぎなくなるのだ。
ついでに言えばその通常の音楽的声域には５２の白と黒のキーボードがあり、それ以外のキーボードは３６である。このホロニックな対応構造は一体何であろう。
 
《Ｇ》
そのバンド内での対応鍵盤数が、平均率との兼ね合いもあって必然的にそのように定まったのだろうか。それとも一意で視覚よりも上次元だといわれる「聴覚」と「発声」に対する、人間の集合無意識が、長いことかけてそのような数と形に生み出したのだろうか？
数のぞろ目は曲率反転の界面であるとも解する事ができる。界面とは、異なる次元や階型の間の重畳（バイロケーション）するところ、もしくは翻訳（バイリンガル）可能帯域の境目でもある。
７月７日生まれのナナという先程の女の子も、私に取って外面世界の思考と内面世界の思考を反転させてくれたひとつの界面だった。しかしこのピアノの８８ある鍵盤の数は一体何と何の界面なのだろう？
《Ｇ＃》
マヤで言う現在の文明周期５２００年は、２０１２年の末に果てるという。その名残りもわずかな遥か遠い未来に、宇宙から別の星の人がこの３次元の延長線上の地球に訪れたとしよう。遺跡として残っている建物の中に、彼らがピアノの残骸を見つけたら、それを何と解釈するだろう。地球のコードに対応していない音のスケールや幾何学を持っているかもしれない彼らは、それを楽器とは判断せず、これはかつての地球の万年暦であると推測するかもしれない。しかしそれは果たして的外れな判断のだろうか？
ユカタン半島の先にあるチチェン・イツァ（ククルカン）のピラミッドの4つの斜面にはそれぞれ９１段ずつの階段があり、それが４季を表していて合わせて３６４日であり、頂上にある建物をプラス１として1年３６５日を表しているという解釈は本当にビンゴなのだろうか、それとも実は的外れでなのだろうか？
音を自在に用いて巨石を楽々と動かし、短期間の間にさまざまな巨石遺跡を造ったという伝説が世界各地に残っている。チチェン・イツァのピラミッドが楽器、もしくはその構造を表していたと考えることは、まったくもって論外なのだろうか？前述したような地球や月の公転・自転周期などと、人間の音楽的感覚とは無関係なのだろうか。
 
《Ａ》
たとえばセルシウス温度。水の融点と沸点を固定してその間を１００等分した温度のスケールにおいて、人間の平均体温が３６．５（〜３７）℃であり、地球の1年３６５日の１０進法ホロンであることは偶然だろうか？同じく月の公転・自転周期27.3日と相似形である27.3℃以下に体温が下がると、人間は死んでしまうということとは無関係なのだろうか？
絶対０度が−273.15℃であることや、宇宙の背景輻射が２．７３Ｋ（ケルビン度、すなわち絶対０度から２．７３度上の温度）であること、人間の内耳にある蝸牛管の巻きが２７．３〜２７．５回なのは関係がないのだろうか？
ピアノの鍵盤が５２音の白鍵と３６音の黒鍵からなり、その総数８８が、太陽系の一番内側にある惑星の公転周期と同じであるというのは、いかなる全体構造の中の別の形での表われ、もしくは対応なのだろう……。
《Ａ♯》
８８は正６面体と正８面体の回転対称軸１３と、正１２面体と正２０面体の回転対称軸３１の和４４の倍。８８の４倍は３５２。水星が６回自転すると３５２日になる。３５２日は２水星日であり、また３金星日である。この３５２は３６５日から１３を引いた数だ。そして逆に３６５日に１３日を足した３７８日は土星の会合周期になる。８８の３倍は２６４日でツォルキン２６０＋４だが、１ヶ月２８日の１３ヶ月は３６４日で３６０＋４だ。そして、それからさらに…。私の頭の中には快楽物質エンドルフィンが分泌されていたのだろう。数が次から次へと心地よい高揚感を伴って湧き上がってきた。
…そしてふと気がつくと、私は乗ろうとしていた電車の発車時刻も忘れて、くすんだ夕焼けに染まり始めた空の下、新宿三井ビルのベンチに座り、惚けたように人の流れを眺めていた。姿形がもっと汚れていたら、ホームレスの人と見分けがつかない風体をしていたかもしれない。そんな事には一切おかまいなしに、ビルから次々に出てくるサラリーマンとＯＬが、足早に駅に向かって流れていた。
 
《Ｂ》もしくは脚注
（※１）合金の金属線を巻き付けた弦が８本、ユニゾンに合わせた２本１組の巻線が５組、ユニゾンに合わせた３本１組の巻線が７組、ユニゾンに合わせた３本１組の巻線でないが６８組で、合わせて２４３本の弦で８８の音を出している。
（※２）２６０というマヤの神聖暦ツォルキンと２７３という月の公転・自転周期のホロン数は２６０＋１３という構造になっている。また３６０という角度の１サイクル分と、３７８という土星の会合周期の関係は３６５＋１３という構造になっている。２６０：２７３＝３６０：３７８＝２０ｘ１３：２１ｘ１３＝２０ｘ１８：２１ｘ１８。このことはヨハネ黙示録の１３章１８節の獣の数字もしくは人間の数字である６６６についての記述を連想させる。
（※３）この振動数
の２／３すなわち数量上での５度は586,67Ｈｚであり、この２数は水星の公転周期及び自転周期の１０倍に近似していることに注意。ただし音高と弦長は反比例するので、実際の５度上の音とは逆の関係にあることも忘れてはならない。
（※４）月のキーナンバー２７．３２に近いことに注意｡人間の音楽的可聴音の下限を１２−６０の数の論理で表した1秒（＝1/86400日＝0.000011574…＝115.74ｘ10-7日)に何回振動するかを表した数値が２７．３２に近似するということの意味を考えよ。なおこの値は115.74ｘ10-7日でもあるが、水星の会合周期１１５．９日のホロンでもある。
（※５）テオティワカン遺跡の建築全体の最小基本単位として1.059ｍという単位長があることを建築技師ハールストンが発見した。この数値は地球の極直径の１/12,000,000に厳密に相当する。
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