■私たちの住む空間は点・線・面・立体という明快なイメージで、０次元・１次元・２次元・３次元という整数値を取っていると考えられている。しかしマンデルブロが『ブリテン島の海岸線の長さはどれだけか』という題名の文で提示したフラクタル幾何学の考え方によれば、次元数は整数ばかりではない。

■例えばブリテン島の海岸線は線であるが１次元ではなく、およそ1.26のフラクタル次元となることが知られている。そしてこれは平面についても同様である。私たちの脳のしわは他の動物の脳と比べても非常に複雑に入り組んでいて、その表面のフラクタル次元は2.73から2.79の間の値を取るという。(※1)

■私たちの肉体の成長や発達にもフラクタル構造は様々に顔を見せている。例えば血管は体重のわずか３％の血液を体中のあらゆる細胞に送り出し、また心臓へと戻すべく急速な分岐を繰り返している。通常８〜30回ほどの分岐を繰り返して体中に血液を循環させているそのフラクタル次元は３になっている。



■私たちの肺の分岐は初めの７段は、分岐点から次の分岐点までの長さが黄金比になっていることが解明している。また分岐前後の血管の直径比は10段目まで黄金比で、それ以降は別のフラクタル次元に従っている。さらに12番目以降の分岐では、枝の長さは短くなるが太さは空気の流れの効率から同じになる。

■ガリレオ・ガリレイは実験において時間を計る時、自分の脈拍を時計代わりにしていたというが、彼がいくらものごとに動じない確固たる信念を持っていたとしても、その脈拍には当然不規則なゆらぎが入っていた。健康な人の脈拍は規則正しく正確に打つのではなく、フラクタルな揺らぎが伴っている。

■これが規則的過ぎると心筋梗塞になり易く、また揺らぎが大きくなり過ぎると心臓発作を起こす危険性が生じてくる。胎児の心拍データによると、母親が妊娠中毒にかかって重態になると、胎児の心拍の揺らぎが縮小して規則的になり、治療の末に母子共に元気になると胎児の心拍は再び大きく揺らぎ始める。



■また脳死状態の患者を人工的に延命操作してると、心拍の揺らぎは減っていく。私たちも条件反射的生活が過ぎると揺らぎが減り活力に乏しくなる。車のハンドルや歯車間の遊びのように、一見「無駄」に見えるものも決定論的効率主義を超えて、総体の中での「余裕」と解した方が上手く機能するのである。

■揺らぎとは決定論的な予測からのずれのことだ。天体運動には常に微妙な揺らぎがある。人体の中の脳波、神経伝達、心拍、呼吸、睡眠などにも必ず揺らぎがある。音楽にも秩序と調和からわずかにずれたところに平均律がある。揺らぎは生命力を表しているのだ。まさに万物はすべからく揺らいでいるのだ。

■純粋なものに微量の不純物が入っていた方が、私たちの知覚系はそれを快と感じ取る。化学的に生成されたNaclはただ塩辛いだけだが、海水由来の食塩や自然の岩塩を舐めると、の微量に混入した成分が美味を感じさせる。酒も純粋なアルコールではなく、適当な不純物が入ってこそ芳醇な風味が感じられる。



■また現在香りによる癒しとしてのアロマテラピーや香料にしても、微量に組み合わせて添加するものが重要な役目を果たしている。純粋や不純物という表現は人間から見ての判断に過ぎず、人間そのものが揺らぎを内在しているからこそ微妙なずれの存在が快不快の要素としてより大きく感じられるのだろう。

■私たちの肉体の中に黄金比が入っているから黄金比が心地よく感じられるように、数における10進法が美しいと感じられるのは、私たちの精神構造自体の中に10進法が内在するからだ。世界が12で１つの臨界を迎えるという数的観測結果が出るのは、私たちの精神構造に12進法が組み込まれているからである。

■つまり外的世界を10で数えたり、12でひとくくりにする数的体系を、私たちは長い時をかけて順次形成して来たのではなく、最初から10進法や12進法が私たちの精神構造そのものであったのではなかろうか。いや精神だけではなく肉体もまたそれを平面的にではなく多次元に跨って顕現しているのであろう。

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(※1)ここにも月の公転・自転周期の27.3日の10進法ホロンが見えている。またこれは自然対数の底ｅ＝2.71828…にもい数値である。また肺の分岐にすらも10番目や12番目に特別なことが起こる節目となっている。これさのまま直接の表れではないにしても、そこに何らかの相似を見ようとする姿勢自体は決して愚かなことではない。　

NUMBER 01-29:フラクタル次元と揺らぎと生命